絶対糖度 *一周年記念リク 流石にマウス・トゥ・マウスは関口に拒否されたので、頬にふわりとキスを落とす。一瞬だけの触れ合いで顎を解放すると、関口は何か言いたげな瞳で中禅寺を睨んだ。 そんな顔も可愛いなぁ、と中禅寺が内心でのろけていることを当の関口は知らない。 「やっぱり君なんか、嫌いだ」 「やっぱりってなんだよ、やっぱりって。どこから繋がってるんだ?」 煩瑣いと冷たく切り捨てられる。それをするのは元々中禅寺の十八番だ、まさか関口にされるとは思ってもみなかった、と案外傷付いているらしい自分に気付く。 本当は中禅寺だって、優しくしたいしそっと丁寧に扱いたいのだ、硝子細工を扱うような手つきで触れたいのだ。ただそうすると関口の方が逃げてしまうから、だから仕方ないではないか。 肚の内でそう言い訳をしながら、中禅寺は目の前の甘味を片付けることに専念した。 関口は呆ッと窓の外を見ている。ろくに中禅寺を見もせずに、関口が口を開いた。 「今日の予定は」 「映画。ジブリの新作が出たから、見ないと」 「アニメかよ…」 「不満か?宮崎アニメは泣けるぜ」 「僕は洋画がいい」 「洋画、ね。今は何やってたかな。職業柄『The Wave』は気になるんだが」 「ウェイヴ?いつのだよ、それ。ホラーならあれだろ、パラノーマル」 会話の内容も声の調子も普段と全く変わらないのに、関口は頑なに中禅寺を見ようとしない。そっと横顔を窺うと何やら楽しそうだ。 楽しそうならまあいいか、と思い、甘い甘い液体を口に運んだ。 筈、が。 「…、げほっ、せ、死ぬっ…」 「いや、死なないだろうその程度で」 「本っ気で、死、ぬっ」 あまりに勢い良く噎せたので声が掠れがちになる。慌てて店員が駆け寄ってきて背中を撫でてくれた。関口が少し厭そうな顔をするが此方はそれどころではない。 「あー気管に入ってた…関口君、あれは駄目だ、死ぬぜ本気で」 「何の話だい?君のカフェオレがカフェインが入ってると思えないほどくそ甘かっただけだろ」 「僕にあれだけのことをしておいて言い逃れしようってのかい?甘いのは君の考えだぜ」 「さあ、何のことだかさっぱりだ。珈琲を冒涜した罰が当たったんじゃないのかな」 どうあっても悪戯をしたと認めたくないらしい。機嫌が良いのならわざと損ねることもないだろう。偶になら、意図的に振り回されてやるのも悪くはない。 パフェのグラスは食べ終わったので下げてもらった。テーブルの上には中禅寺のカフェオレと関口のダージリンのストレートだけだ。尤も関口にダージリンとアールグレイの違いがわかっているかは謎だが。 とりあえず行こうか、と飲み終わった頃を見計らって声をかける。レジで財布を出そうとするのを止めると不可解な顔をされた。 それにしても、待ち合わせで随分と長居をしてしまった。次の上映開始には間に合うだろうかと腕の時計を見る。大丈夫だ、まだ余裕がある。 と頭の中で計算していると、関口が中禅寺の上着の裾を摘んだ。 「なあ、榎さんが…」 関口の指す方を見ると、其処には慥かに榎木津の姿。 いつものような外した格好ではなく、ラフだがめかしこんでいるらしい。珍しく人と待ち合わせているようだ。 「誰だと思う?」 「榎さんの?旦那か、美由紀ちゃんか美弥子さんだろう」 美由紀ちゃんは榎木津になついている可愛い女学生、美弥子さんは何物にも屈しない(気の)強い美女だ。あの榎木津が待ち合わせを承諾する相手となると、この三人くらいなものだろう。 「どうでもいいことだろ、ほら行くよ関口君」 手を引くと抵抗する。どうしても榎木津の待ち合わせ相手が気になるらしい。出歯亀な、と思いつつ自分も気になっているのだから言えたことではない。 五分だけ、と念を押して榎木津を遠巻きに観察した。顔は良い、それは認めよう。家柄も良いし財力もある、非の打ちどころは無い。 でも性格以外は、と続くんだよな必ず。と呟くと関口に見下した瞳で見られた。なんということだ。 「もう榎さんなんか見てないで、早く行くぞ」 気にしたのは自分のくせに、相手の影も見ない内に早く行こうと袖を引っ張る。まったくなんて厄介な男だろうか。珍しくぐいぐいと引くのでそのまま引きずられてやった。 「関口、映画館、通り過ぎるぞ?」 「帰って見る!」 関口の突然の我儘には慣れているから、買ったチケットが無駄になるような予定は立てないが、映画を見たい気分だったから残念だ。レンタルビデオを借りて帰ればいいか。 「関口君、せめてDVDを借りて帰ろう」 引きずられながら訴えてみる。関口は不意に立ち止まって振り返ると、突然顔を真っ赤に染めた。流石に困惑したが気にしないことにする。原因は大方予想がついているから。 ねぇ関口君と呼びかけてみると、可笑しいほど怯えた。背中から抱きついて肩を抱き、耳許で囁く。 「僕が愛してるのは、誰よりも何よりも"君"なんだぜ」 Fin. 中禅寺のクサい科白で締めくくるシリーズ(笑) 鮒目様に捧ぐ。 H23.09.17. [*prev] [next#] |