memo | ナノ



獣の目合い
2013/12/25 22:17

(静か、だ――)

(心臓の鼓動する音さえ聞こえるのではないか――)

 は、と短い息を一つ吐いてそんなことを思う。普段はあまりにも饒舌なくせに、この男はこんなときばかり寡黙だからなんとなく秘め事めいて、私も声を抑えなければ、という意識がはたらく。彼自身は特に意識してそうであるわけではないらしいが――秘め事には変わりない。そうして、行為の最中に無駄なお喋りをしないのが中禅寺の好ましいところだった。
「巽」
 短く、ほとんど吐息のような声で名を呼ぶ。それだけが、閨の中で彼の発する唯一の言葉である。その名が私のものであることに私は優越感を覚える。誰に対して? 彼に対して。そしてまた、彼の美しい細君に対して。中禅寺と身体を繋げているとき、自分の妻への罪悪感などちらとも頭を過らないのに、不思議と彼の細君の姿は脳裏に浮かぶのだ。そうすると余計に官能が高まり、より彼を愛しく思うのである。倒錯している――だから何ということもない。所詮は独占欲が満たされている充足感からくる高揚だ。
 この不義密通は随分長い間続いているもので、彼との性交は妻とのそれを(回数においても時間においても)遥かに上回っている。私が結婚する前からのものだから、不義というならむしろ雪絵との婚姻こそ不義なのかもしれない。私と彼が身体の関係を持ったのは彼の婚儀前夜だった、今更良心が痛みはしない。罪深いとは承知の上で始めた関係を背徳く思うほど無駄なこともないだろう。彼に恋をしたときから私は罪人だった。肉体関係があろうとなかろうと同じように蔑まれるなら、想いを遂げて情死する方が余程健全だ。どんなにたくさんのものを裏切ったとしても。
 中禅寺の背中に腕を回して強く抱き締め、彼の身体を確かめる。見た目ほど細くはなく厚みがあって健康的だ。筋肉もそれなりについている。この身体に抱かれ玉響の死を味わう瞬間、私を覆う幾層もの薄い膜は引き裂かれ破れて、私の核は中禅寺の前に剥き出しでさらけ出される。暴かれるのはたまらなく甘美な官能だ。そして最奥を貪られるのは至上の悦楽だ。
 褥の中に道徳は無い。あるのは体感だけで、心など置き去りで、それが私をどこまでもふしだらな罪人にさせた。言葉もなく奪われていく。穿たれ貫かれて、横暴に揺さぶられ、足先から痺れが突き抜けた。一瞬の暗転、彼の名を叫びながら私は絶頂に達する。中禅寺はその声を食い千切ろうとせんばかりに私の喉元に歯を立てる。
 はしたなく精液を撒き散らし中禅寺の腹部を白く汚して、私は僅かに罪悪感を覚えた。私の愛しい男はまだ満足していないようだったから。



prev | next


人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -