memo | ナノ



引き攣る心臓
2012/07/31 21:46

 関口が来なくなってから二ヶ月が経つ。筆は進んでいるようで、近代文藝にも実録犯罪にもその名は頻繁に上がっている。
 読み差しの本を開き頁を捲る。栞を挟み忘れたのは失敗だった。何処まで読んだか覚えてはいるものの、何頁も捲って探すのは面倒くさい。求める頁は中々見つからず、厭になって結局本を閉じた。
 乱雑に散らばった本を整頓し直す。序でにと読了したものは退けて、書庫に運び込んだ。書斎はそれでも本に埋まっている。
 ごめんください、と声がした。関口の声は通らない。榎木津なら挨拶などせずに入るし、木場ならもっと乱暴な言い方になる。玄関には妻が出たらしい。書斎まで声が届かなくなった。
 暫く本を整理していると、ふと手が止まった。こんなところに埋もれているとは思いもしなかっただけに、見つかった喜びより驚愕が大きい。
 それは、学生時代に関口が小説を書きつけて、何時か紛失したノートだった。
 懐かしさに釣られ、頁を捲って読んでいく。最近の作品よりも陰鬱で短い。とはいえ関口の作品に変わりはなく、読み進める程に幻想的な世界に引き込まれる。

──世迷い言を。

 胸に浮かんだ想いを打ち消し、京極堂はノートを文机の上に載せた。認めたくない願望と一緒に。
 己に嘘を吐いて。


*120716



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