近づけば近づくほど


重なった影は濃くなって


恐くなって足を止めたから


まぶたの裏には暗闇だけが残って





Act.4

NEVERLAND







やる気、なのであった。いつになく。やる気だよ!

いや、いつになくっていうのは語弊があるな。私にできることなど掃除洗濯ぐらいだし、それらの手際がよい方でもないし、精一杯務めようと思ってはいたけど、常に。それはそれとしてよ。


――2日前のことになる。立てこもり犯と相見えた帰り道、神崎さんに、自らの超能力を明かされたのは。
ざっくり言って「人の心を聴く」という能力は、片鱗を見せられていてもなお仰天だったし、そんな能力を常に発動し続ける彼の心労は察するに余りある。が、なんというのだろう。一緒に働けないような能力ではなくてよかった、とも、私は確かに思ったのだ。

くせのある人はいるがおおむね皆親切で、職務規定や拘束時間はゆるゆる、お給料はまぁまぁ。申し分ない。でもここは「超能力対策機関日本支部」なのだ、どうしようもなく。その超能力がいかようなものか知らない、いうのは「理由アリ物件」の「理由」の部分を知らないようなものだ。ここを辞めたらまた就活地獄! という気持ちはあった。でもそれだけしかなかった。ここにいられなくなると困る、という思いと、ここにいたい、という思いはかなり違う。

だからまぁ、誤解を恐れずに言えば、安心した、のだろう。ホントーに誤解を恐れず言えば、この程度ならいける、と思ったのだ。私が超能力をどうこうする、となれば話は全く別であるし、他3人の超能力はまだ知らないけれども、少なくとも彼らは自称・超能力者のアブナイ連中ではなかったし、現時点で付き合いに苦慮するような人もいないのだから、超能力を明かされた途端それが覆るとも思いにくい。大丈夫。私はやれる。今なら言える、ここが私の職場です、と――……というのが、ここ数日で得た希望なのである。


ということで、やる気だ。やる気なのだ今日の私は。私のなすべき仕事、荒れ果てた日本支部を住み良くする、という今んとこ唯一絶対の使命に邁進するのだ。提げていた袋がガサリと鳴り、袋に手を入れて倒れたポットを直す。パンジーをね、買ったんですよ。支部の前の植え込みにいいかなーなんてね。ほらお花を植える、なんて「住み良くする」すごくいい例じゃんなんて思ってね、昨日洗ったの。土がガビガビで大変でした。
最初の3日ほどこそ、支部の案内と紹介も兼ねてか、佐伯さんから「今日はこの部屋をこういうふうに片付けて下さい」的な指示があったものの、なにせ彼は忙しく、いまや完全放任だ。なので私はここ2週間弱、思いつくままに給湯室のコンロを磨き、シャワールームのカビを取り、仮眠室のカーペットを持ち上げてはたいている。私の計画のケの字もない清掃は、掃除上手な人からしたら相当イライラするものだと思うけど、特に誰も何も言わないのでいいのだろう。いいのだと思う。忙しいのだ、みんな。

支部の前に着いた。初夏、ミニサイズとはいえガーデニング用の土を持って歩くのはさすがに無理があった。ふぇーと間抜けな声を上げ、額の汗を拭い、無意識に曲がっていた腰をさすりながら上体を起こして、

「あー重かっ……」

見つけてしまった。


いや、わかるよ。支部に入ろうとして何か見つけるパターンが多いのはわかるよ。私だってスムーズに仕事に入りたい、今日は岸本愛の平和なガーデニング日記をお届けしたかったよ。でも見つけてしまったものはしょうがない。

日本支部のある廃工場群にはあまり素行のよい人は立ち寄らない。物が捨てられていること自体は全く珍しくない。らしい。朝一で佐伯さんが片付けちゃうから知らないけど、彼が愚痴るのを聞いてはいた。だから今更ゴミくらいで驚いたりしないさ。また猫?  ブー。違います。


「よ、」

口に出しかけて抑えた。続きは心中で。正解は、幼女。でした。

……幼女だよ! 文字通り幼い女の子だよ!
私が磨いた植え込みの陰にあった、ではなく、いた、のは……何歳だろう? 身の回りにちっちゃい子がいないからわからないけど、3〜5歳の女の子だった(3歳と5歳って全然違うと思うけど本当にわからないのだ)。そりゃ驚くでしょ。モノじゃないもんヒトだもん。


「ど、どこから来たのかなぁ?」

子供に対する口調、口調、と思うあまり、うたのおねえさんみたいになってしまった。恥ずかしい。彼女は不思議そうに首を傾げるだけで、その控えめなリアクションに私も少し冷静になる。まぁ来るよね、迷子くらい。廃工場群とはいえ、繁華街から10分くらいだし。それに迷子じゃなく、

「この中の誰かに、用事?」

支部員の誰かの妹とかかもだし!

というか圧倒的にそっちを推したい。面白そうだから。いまだに見えない支部員たちの私生活が明らかになるかもしれない。そういえば家族の話なんてしたことないな、妹がいそうなのは誰だろう。みんな大体20歳としたら妹は無理があるかな。姪とか、いとことか……30前後らしい佐伯さんなら、娘さえ可能性がある。娘! 娘て!

ひとりツボってニヤァとする私に、彼女はもう何度か深く首を傾げる。無口な子だ。目が大きい。支部員の誰に似てる、とかはよくわからない。ここの人に用事? もう一度ゆっくり尋ねても反応はなかった。まぁいい、連れて入ればわかることよ。

「ここは暑いでしょ。中に入ろう?」

ようやく不自然な猫撫で声じゃない、普通に柔らかい声が出るようになった。ここが暑いのは事実だ、彼女からは汗と埃の混じったような臭いがちょっとする。不快ではない、新陳代謝のよい子供のにおい。

知らない人についていっちゃダメって言われてるかなぁ、言われてるよなぁ、と思ったのだが、彼女は数回瞬いた後立ち上がった。応じてくれるらしい。良くないけど、今回ばかりはありがたい。お尻をはたき、私のスカートの裾を握りしめる。うわー。何これ、かわいいぞ。ジュース入れてあげるね、と思わず約束しながら日本支部のドアを押した。着任17、8日目、初のコブつき出勤。





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