「おはようございまーす」

おはようございます、おはよう、何声か普段通りに挨拶が返った。フルメンバー出勤らしい。私の腰に引っ付いているものにみんなが気づくだけの時間を置いて、


「ご親族ですか? 可愛らしいですね」

こころもち弾んだような、嬉しげな声で佐伯さんが言ったので娘説はあっさり消えた。突然親族を連れてきたとして、「可愛らしいですね」で済む職場ってなんぞ? ゆるくない? と思いつつ、他の支部員の反応を待った。が。刃心くんもりっちゃんも特に反応することなく幼女ちゃんを見ている。神崎さんが、拾ったこところに返してきなよ、と冗談か本気かわからないトーンで言う。これは? つまり?


「え、誰かの知り合いじゃないんですか?」

「え?」

「この子、私が連れてきたわけじゃなくて、玄関にいたんです。だから、支部の誰かに会いに来たのかと思ってたんですけど」


どなたか心当たりはありますか、ダメ押しで佐伯さんが訊いてくれたが、どなたも心当たりはないようだ。各々自分が出勤したときにはいなかったと証言するのみで。


「じゃあやっぱり迷子なんでしょうか」

「近所の駐在に連絡してみますね」


デスクの上のスマフォを取り、佐伯さんは2階へ続く階段に消えた。佐伯さんは2台持ちである。デスクに置いてる黒が仕事用、尻ポケットに入れてる紺がプライベート用、っぽい。私の携帯に「佐伯支部長」で入ってるのはどっちの番号なんだろうか、まぁ黒だろう、別に残念でもない。

手持ち無沙汰に幼女ちゃんの丸い頭を撫でた。しかしね、支部員たちのこのノーリアクションはなんだろうか。なんかもっとこう、かわいいね、とか、何歳なの、とか、言うもんじゃないかな。私なら言うな。気まずさを払拭するためにも。そりゃ世の中子供好きな人ばかりじゃないとは思うけど、今のところ好意的な反応を示してくれたのは佐伯さんだけで、こう沈黙が続くとこの子を連れてきた私も少し肩身が狭い。


「駄目ですね」


画面を雑に袖で拭いながら、佐伯さんが戻ってくる。ダメ。というと?


「子供の行方不明者届、それ以前の迷子の相談みたいなものもないそうです」


耳に唇を寄せ、低めた声でおっしゃるので思わず身を引いた。庶民には眩しいご尊顔をいきなり近づけないでほしい。若干頬が熱くて俯くと、私を見上げていた幼女ちゃんと目が合った。そうか。言葉が難しくてわからなかったと思うけど、「親が自分を捜していない」という事実は確かに、この子に聞かせるべきではないかもしれない。


「まぁ今朝迷子になっただけなら、親がまだ気づいてないか、自力で捜してるんですかね。一応近所の幼稚園・小学校で届けなしに欠席した児童がいないか調べてもらってますが……」


もっともこの子、頭上で交わされる会話など、意味をとるどころか耳に入ってもいないように無反応である。うーん。子供のこと詳しくないけど、イメージとしてはもっとこう、知らない土地、ママがいない、ということに気づいた途端火がついたように泣き出す……ものじゃないのかな。5歳にもなれば違うのかな。自分が迷子になったことさえ把握してない、かなりののんびりっ子なんだろうか。


「かなり時間はかかりそうです。向こうさんも忙しいようで」


むしろこっちが手伝ってほしいと言いたげでした、スマフォを顎に当て、表情を曇らせて佐伯さんは言う。この場合、幼女ちゃんの身元判明が遅くなることが気がかりだというより、

「迷子の保護って初めてなんですよね。駐在に連れて行くものなんでしょうが……」

「……気が引けますね」

「ますよね。非常に」


そういうことであろう。他のメンバー、中山・神崎・鴻上なら「忙しかろうがそれが彼らの仕事でしょ? 何のために税金払ってるの?」くらいのことを言いそうだが、佐伯さんはこういうことを気にする。私もまぁ気にする。電話越しに察せられるほど多忙の極みにあるところに、わずかでも目を離しておけないものを預けて役目はおしまい、とするのは確かに気が引ける。


「ここで預かるわけにはいかないでしょうか」


肩くらいの長さの髪を梳きながら呟いた。人にもよるだろうけど、どうにも制服警官氏がこの子を扱いあぐねて仏頂面している画しか浮かばない。リアル犬のおまわりさんだ。困ってしまってワンワンワワーンだよ。だったらこの子は大人しいし、親が警察に届けるまでの数時間くらい、私が一緒に遊んだ方が全方面にハッピーなのでは、


「もちろん私が見ま……うひぇ」


と思いながら顔を上げたら、わずかに見開いた青い目が近くにあって変な声が出た。だから! 突然顔を近づけないで! というかそんな数秒固まるほど驚く発想でしょうか、ごくごく自然な流れだと思ったのですが。


「す、すみません安易ですかね? ダメですよね? そう、責任、取れませんし」


そうだ最近の親はきっとなんか怖いんだ。自分の不注意ではぐれたくせに、好意で預かってあげたのに、その間にかすり傷でも負おうものなら訴えんばかりだったりするんだよ、きっと。アレだ、モンペだモンペ。


「いやそういう問題ではなく、そんな契約にないことをさせては申し訳ないというか」


え? なに? ツッコミ待ちなの? じゃあヤクザの事務所に乗り込んだり立てこもり犯を説得したりするのは契約にあったのかよっていうツッコミ待ちなの? 佐伯さんの感覚が意味不明であるが、直接的にそれを言うのは避ける。


「それはいいですよ全然。掃除洗濯と労力そんなに変わらないです。やっぱりあの、モンスターペナルティ的なことでダメなのかと」

「……モンスターペアレントが怖くないわけではないですが、それを言うとどこも預かりたくはないでしょうし」


ドヤ顔で言い間違えた。恥ずかしい。万が一何かあれば自分が責任を持ちますから、当然のように彼が付け足す。うう、むしろそうだから心苦しいんだけど。佐伯さん普段からそういう、自分が割を食えばいいみたいなところがあるよ。それはあんまり周りにもよくないよ。

勝手な心配をされているとも知らず、佐伯さんは眉を寄せたまま幼女ちゃんのつむじ辺りを見ている。彼の中の天秤が揺れているのがわかる。あと一押しだという感じがして拳を握った。あれ、なんかこういうの前もあったね。面接だね。あのときは就職がかかってたわけだけども、なんで今私は見知らぬ幼女のためにこうも必死なのだろう。





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