見失うべき光を追って


走ってゆく背を呼びとめられない


「もしかしたら」「今度こそは」


幾千万の期待を負った


君だから今ここにいる





Act.3

CAUSE






何やってるんだろう、私。


なんだか前回もこんな感じの幕開けだった気がする。だって入社してから「何やってるんだろう、私」の連続ですから。でも今回の「何やってるんだろう、私」はいつもとは格が違う、極め付けだよ。こんな、普通の人生なら持つことがなかった、いやそんなことないかな、マラソン大会の誘導で持った気がするな。体育委員だったから。いやそれは今どうでもよくって、


「本当にどうでもいい。いいから早くやってよ」


うるさい! 心構えがいるんだよ!

最近開き直って神崎さんへの返答は心中で行うようになってきた。だって「心が読める」ってはっきり言われたわけではないから? もしどんな失礼な言が聴こえちゃっても、私の意図するところではないっていうか? 何を思おうが自由なはずですし? と思っていると足元からジトッとねめあげられた。やっぱ聴こえてるの? ふん。知ったことか。


「……僕のことはいいから、仕事して。遅い仕事は誰だってできる」


なんで足元かっていうと、彼は路上の唯一の日陰、私の影にうずくまってベーグルサンドを食べているからである。何からツッコめばいいのか。朝の10時に、人がすうんごく気の進まない仕事してるときに優雅にブレックファストですか。結構人目集めてるのに気にしてないし。女の子みたいにチマチマかじるから全然減ってないし、挟んでるブルーベリージャムがベチャベチャ落ちてるし、指もベタベタだしって食べるの下手くそだな! 幼児か!


「怜依。道路を汚しちゃダメよ」


りっちゃんの注意もなんだか的を射ていないよ。

あ、律のことたまにりっちゃんて呼ぶようになったんです。友達っぽいよね。エヘヘ。友達のよしみで……とりっちゃんに「助けて」オーラを送ってみたが、美しく微笑んで小首を傾げられた。なぁに? と言うような視線の、威圧感。そりゃあ友達だからって何でも引き受けてくれるわけではない。しょうがない。

目の前の集合住宅は、トーフに似ている。お皿の上でパックをひっくり返して、ふるっと震えて静止した瞬間。つまりのっぺりと白く、高くもなく平たく、何の特徴もない。私も結婚したらなんかこういうとこに住むんじゃないかな。何の変哲もない、平凡だけど平和な、日常を……


「予定もないのに、そういうの考えるの虚しくない? 予定もないのに」


う、うるさい! 2回言うなこのベーグル!

色彩のない建物に、まだ陽射しも弱いうちから干されている洗濯物や布団が唯一の彩りを添える。窓々に鈴なりの洗濯物は、色鮮やかながらのどかで、穏やかな休日の到来を予感させる……が、この集合住宅の住民たちから、平和な休日の朝は取り上げられた。彼ら彼女らはみな正面の道路に出てきて、自分たちの住まいを心配げに見上げ、不安そうな囁きを交わしている。つまりそれが今回の私たちの仕事につながり、今私が路上に仁王立ちしている、事態につながる。


「そうだよ。そしてこの事態は、例え功を奏しなくても、まぁ奏しないだろうけど、君が何かしない限り打開されないんだよね。こんなに大勢の人が解決を待っているのに。嘆かわしいね。早く日常を返してあげたいよね」


多分絶対思ってないし、一言も二言も多くて悔しいし、心の底からじゃあアンタがやれよだが、いちいち正論ではある。手汗でずり落ちそうになるつるつるのそれ――拡声器――をぐっと握り直した。口の前に構えてみた。視線を感じる、何を言うのだろうと注目している気配を感じる、ヤメテ。そんな耳を傾けるべき価値のあることは言わないよ! だってやったことないもん! 普通やったことないもんね! そりゃあ「何やってるんだろう、私」だよ、ここに極まれりだよ、


「もう、観念してくださーーーーいっ!!」


立て籠もり犯の説得だなんてね!






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