きっと貴方には悲劇


それとも君には喜劇


懸命にヒトを演じる


僕らの日々の芝居





Act.2

ANTIPATHY






女は地図が読めない。

乱暴に言えばそういう内容の本がベストセラーになったことがあった。じゃあ人類の半分地図読めんのかいなと思ったし、私の周りでも憤慨した女子が数多くいたのだが、私に関しては反論する材料がない。へぇおっしゃるとおりで、と言うしかない方向感覚の持ち主だ。妙な前置きがついてしまったが何を言いたいのかというといたってシンプルで、


「ここ……どこ……」


と、いうことである。


例の面接を経、「CSC機関日本支部員」となって、ぴったり1週間が過ぎた。
ゆるすぎる職場であるのは薄々察していたが、なんと日本支部は就労時間も出勤日数も決まっていない。らしい。さすがに驚く。


「好きな日に好きなだけ来て下さい。あんまり欠勤多いと上から注意くるので、そのときはお伝えします。働きすぎも然りで。月給制なので必要以上に出勤していただくこともないですよ」


というのが佐伯支部長の弁である。そ、そんなに従業員の自主性を重んじていいの。労働基準監督署に怒られたりしないの。そんなわけで、正直何1つ予定はないんだけどなー、1週間びっちり行くのもいかにも予定ない人みたいだしなー、普通の職場って週休何日? 2日? キツいとこなら1日? ……とうじゃうじゃ考えた結果(自由すぎるのも困りものである)日曜日だけ無意味に休んだ。ので、6日あそこで過ごしたということだ。

日本支部での仕事は悪くなかった。むしろかなり良かったと言っていい。

そりゃあ実は人生の先輩だと明かされた刃心くんとはいまだにどう話していいか決めかねているし、神崎さんがちょいちょい心を見透かしたようなことを言ってくるのは落ち着かないけど、日本支部全体の雰囲気には馴染み始めていた。似たような年頃の人が集まっているせいか、仕事より部活とかサークルとかみたいな雰囲気がある。
何より彼らは思っているよりずいぶん普通の人だった。好きな食べ物の話も昨日観たテレビの話もするし、最後に飲んだ人がお茶を作ってないだの、洗面台の使い方が汚いだのでケンカしたりもする。当たり前じゃんって言われたらそうなんだけど、私はそのことに結構安心した。


超能力者、だから。全員超能力者かはわからないけど、少なくとも、「超能力のある世界」で生きてきた人たちだから。もしかしたら、話なんて通じないくらいいろいろ違うんじゃないかって、やっぱり心の隅の隅では。思っていたから。
支部員間で意味のわからない単語が交わされるのを耳にすることはあったし、彼らを遠い存在に感じることだってたまーにあったけど、私は結局面接の日以来超能力に触れることはなく、サークルの新入り1年坊よろしく黙々と清掃に励んだ。

話がそれた。

そう、日本支部に6日通った、ということは家から支部までの道を12回たどったということで。そうなるとさすがにもう目をつぶっても日本支部にいけるように……なーんて、思っちゃったのが間違いだったんだな。野良にしては優雅な猫追いかけてふらふら脇道にそれてしまったのも間違いだったよね。今日に限って携帯忘れてきてるのも悪いよね。後からなら何とでも言えるよね!

京都行ったことないけど、この辺りは私の想像上の京都みたいに道が格子っぽくなっていて、一筋間違えてもあんまり風景が変わらない。手遅れになるまで気づけない。周りの建物は、面接で赴いたときのごとく実際以上の体積で威圧してくる。見晴らしを悪くし、私を混乱させるために存在しているかのように、くすんだ灰で行く手を遮る。足も疲れたし、どうしよう、ちょっと、泣きたい。
さっきまで追いつけるか追いつけないかの距離を保っていた猫、迷子の発端猫もいつの間にか見失った。いたって何の力にもならないけど、動くものが何一つない視界はますます心細い。

腕時計を見た。10時半、過ぎ。あそこには遅刻という概念自体がないような気もするが、入部1週間で社長出勤する新人って、やっぱりちょっと。やる気あるようには見えないでしょう。今、人間関係築くのに大事な時期なのに。

なんとか! しなきゃ!
なんともできないからこうなっているとわかりながらも、歩きすぎて痛む足に活を入れ、拳を握りしめてみたところで、


「ねぇ、お姉サンお姉サン」


背後からとても気さくに声をかけられた。握った拳が思わず小さくガッツポーズ。ナイスタイミング!
救いの声に振り向き、しかし振り向いた瞬間に、失望する。若者×5。裾ずるずるの腰パンとかはだけすぎアロハとか、言葉を慎まず言えば小汚い大学生風の。道案内にはならなさそうっていうか、むしろ何らかの妨げになりそうっていうかね。こうなってくるとさっきのいかにも親切そうな気さくさも、180°違って聞こえてきたりね。しかし失望したのは向こうも同じなようで、


「ちょ、微妙じゃね?」

「ビミョーだな。ガキじゃね」

「後姿なら微妙にイケてたのに」

「まぁ妥協できる範囲じゃね」

「いちお微妙に入ってるよな」


口々に下された評価に一瞬ぽかんとする。こんな怒涛の勢いで微妙微妙言われたの、生まれて、初めて。
人のことを言えたクチか、アンタらだって朝っぱらからこんなところで女待ち伏せてるのも納得の見てくれだろうが! という憤りが生まれ、すぐに危機感に変わった。5対1。所持品は家の鍵と財布のみ。人通りなし。声をかけられた瞬間に全力ダッシュすべきだった――……と思った頃には、いつの間にか距離をつめていた若者Aにがっちり手首を握られていた。とりあえずかくほー、と気の抜けた声で言った。クソ、ことさら趣味悪い柄シャツ着やがって。シャツの柄も悪ければ人柄も悪いってか。うまいこと言ってる場合じゃないし別にうまいこと言えてない。どうしよう。背筋が。冷たくなってきた。


「や、やめてください! 急ぐの!」

「ダイジョブ、すぐすますからー」


何を!?

と思う間もなく残りの4人もゆらゆら近寄り、壁を作るように私の周りに立つ。壁など必要ないほどの力で掴まれているし、目撃してくれるような人もいないのだが、これはほとんど彼らの習性になっているようだった。それだけ手馴れていると。眼鏡を掛けた1人が、まだもうちょっとねばった方がよくね、とぐちぐち言い、これ逃したらいつかわかんねぇんだから、となだめられている。妥協した結果の婦女暴行。悪夢だ。


「離して……、お願い……!」


決然と言ったはずの言葉は、情けなく震えて蚊が鳴くようだった。応じてくれると思って言ったわけではもちろんないが、彼らもまるで声なんか聞こえなかったように、じりじり廃ビルの方へ寄っていく。足を踏ん張り、道路上にほとんど座るようにして体重で必死の抵抗をする。肘が痛い、抜けそう。ザリザリ靴が減る音がする、足の裏が熱い、でも体は確実に廃ビルの、方へ。


漫画なら、ここで秘められた能力が覚醒するところだ、と思った。頭はもう逃げるのをあきらめちゃってるのかもしれない。現実逃避。超能力うんたら機関に勤めだしたのは、超能力覚醒の伏線だったりするんだ。漫画では。だって超能力は誰にでも備わってるって、確かに佐伯さん言ってたし。今がそのときだ。今目覚めなきゃいつ目覚めるの!
バチバチ火花が散るような頭でそう念じたが、突然男の腕がへし折れたり、地面が割れたり空から何か降ってきたり……は、もちろんしなかった。所詮私は。そういう役回りじゃなくて。ここでモブどもに犯されて終わりなんだ。がくっと膝が折れて膝小僧がアスファルトで擦れた。痛い。でももっと痛い思いするんだ。これから。焦れたように、1人が私の脇の下に腕を入れて持ち上げるようにする。

たすけて。

最後に呟いたつもりの言葉は、音にもならなかった。そんな私の声にならない声とは裏腹に、


「楽しそ。何してんの」


と言う涼やかな声は、確かに彼らの鼓膜を打った。





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