あの花でいいと思います。1(ワートリ/出二※女体化)
2016/12/18 20:51

※普段はトリオン体でいる二宮さんが換装解いたら女性だったということでお願いします
※細かいことは気にしない方のみどうぞ







地獄絵図の中に女神がいた、とは後に出水が語った事である。いやもしかしたら蜘蛛の糸的なものが人の姿を得て極楽まで人々を導く使命を果たしに来たのかもしれないだとか、はたまた天使がうっかり空から落ちてきたところを捕まえられて人の快感を教え込まれた後なのかとか、ともかく酒が呑めない身分である出水は字面だけで例えると如何わしいことをすら考えた。酒というやつはガソリンだとか命の水だとか心の洗濯だとか、そういう例えをする大人が彼の周囲には多かったのである。とんだおっさんしか居なさそうな周辺人物の中に、出水の上司にあたる太刀川がいる。
何処の世界に休日の朝っぱらから任務に就きたい学生が居るだろう。おまけに時間に遅れそうな嫌な予感がして、太刀川の住んでいるというアパートに乗り込んだら、中に居る人間が悉く死体になっている体たらくであった。出水公平は男子高校生である。未成年の時分からしたら、二十歳になって酒が呑めるというのは既に「いい大人」だ。揃いも揃って何をやってるんだこの人たち、無用心にも鍵が開いていた玄関に無遠慮に踏み込んだ先、死屍累々の隙間を縫って足を踏み入れた中で、出水はその人を見付けた。
最初に思ったのは、「二宮さんもこういう事になるんだな」というものだった。あまりにもだらしない真似はしない人間だと信じていたからこの言葉だったが、いざ目にすると可愛げもあるものだと認識を改める材料になっただけだ。けれどもよく見ると、顔はほぼ二宮匡貴その人だったが、どうにも身体が一回りは小さいような気がしないでもない。痩せたのかな、でもいつの間に?
……さらによく見ると、なんだかこう、全体的に柔らかくて丸っこい。見た目は微妙にだけれども、雰囲気が、こう。睫毛が影を作っている目元も、苦しげにしかめられた眉も、すっと通った鼻筋も、薄い色の唇も、頬から顎にかけての輪郭のラインも、いつもより華奢なような。
極めつけは、机に突っ伏したその人の手だ。明らかに一回り程小さく骨ばった様子が見られない繊細な手は、二宮の持ち物だとは出水には到底思えなかった。曲がりなりにも二宮の師匠の真似事をした身だ。その目で間近に捉えた二宮の手は、間違えようもなく男性のそれだった。
目の前にいるこの人が二宮でないならば、よく似たこの人は一体誰なんだろう。
そうっと、いけないこととは思いつつ、起こさないようにその人の手を取った。丸い爪は手入れがきちんとされていて、ほんの少し荒れた指先の皮膚が生活を垣間見させる。顔の肌と同じで血色は悪そうだ。血管がうっすら青く浮いて見える。細くて長い関節の目立たない指を、その根本の肉付きの薄い手のひらを、吟味するように観察する。二宮さんとは全然違う。
この人は、誰だろう。太刀川の部屋に転がっている屍の中で、その人だけが出水の知らない誰かだった。
やがて任務の交代の時刻が迫っている事を知らせるアラームが、恐らく出水と太刀川のスマートフォンから盛大に鳴り響いた。突然にけたたましくなる室内で、呻き声をたてながら起き上がってくるゾンビやアンデッドやらが、出水の顔を見付けてはまだ夢の中に居るのだと錯覚する。太刀川に至ってはまるでぴくりとも動かず死体のままである。目的とした人物がまるで起き上がる気配もないのには流石に焦って、ようやく出水はその人の手を置いて生き返った面々に水を飲ませるべく立ち上がった。ついでにカーテンを勢い勇ましく開け放ち、日光に焼かれ苦しむ吸血鬼もどきを作り上げることを忘れずに。
「おはようございますって!さっさと起きてくださいよ!あとちょっとで交代の時間ですよ!」
「いずみかー、すまん、水くれ…」
「置いとくから早く!」
あああもう、またギリギリの時間だ、当初の焦りを思い出したかのように出水は太刀川を揺さぶり、とりあえず足の踏み場をある程度確保しにゴミ袋を手にとって、空き缶や包装紙を選り分けながら片していった。

そうしてようやく任務が終わる頃、出水はふと太刀川に訊ねた。
「そういや、太刀川さんの部屋にいたあのキレイな人、誰なんですか?」
「加古のことか?よく知ってるだろ」
「違いますよ、そっちじゃなくてこたつで寝落ちしてた方の………髪の短い………」
「あー………あれは、まあ」
「二宮さんにすげー似てる人」
「……………お前………」
「なんかこう、浮世離れしてる顔立ちとか、すげー似てますよね。あの人誰なんですか」
あーあ、と太刀川はため息をついた。
「………あれ実は二宮なんだよなー」
「嘘でしょ、二宮さん男じゃないですか」
「ははは」
全てを放棄した顔で、太刀川はもうどうにでもなれと思った。どうせ出水に事実が知れようが、太刀川本人には影響はほぼないのである。積極的に話を広めているわけでも無し、同い年のよしみで黙っているようなものだ。ここで出水ひとりに露見したとして、ボーダーそのものを揺るがすような大事には至るまい。
国近からの通信が交代の時間を告げる鐘である。やんわりふわふわとした鐘の音を聞きながら、太刀川は右腕を飛ばされて半泣きの唯我を回収に向かうよう出水に促した。



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