勝敗のゆくえ/どうにしろ負け(ワートリ/出二)
2016/11/13 06:18

模擬戦の申し込みが果たしてどちらからどちらへであったのか、師匠と弟子は覚えていなかった。それほど勝負に熱くなっているという証拠でもある。お互いに個人としての力量も知っている。扱う武器も戦い方も分野が同じとなれば、あとは自分のセンスと相手の行動をどう読むか。射手のポジションは常に戦局を読みながら動くことをしなければならない。相手を動かすことに重きを置く役割だ。自分の仕掛けを気取られてはならない。相手の出方には常に目を光らせる。行動から戦略を読む。先の先を予測し、裏をかきあう。特に今回は部隊同士でなく個人戦だ。最後の一手まで自分の掌の上で相手を転がすことができなければ、隙を突かれてとどめまで怒濤のごとくだろう。
勝てる見込みは高くはない。何せ相手は射手ランキング一位、圧倒的なトリオン量にものを言わせるのみでなく、技量も互角かそれ以上である。ならばその勝ち負けを分かつのは。
センスと読み合いの勝負だけでは、この師弟(ふたり)の決着は着かない。ふたり揃いも揃って天才と呼ばれる類いの人間であったし、二宮の詰め将棋のような理論的かつ真面目な攻めに対して、出水は発想と機転で力量の差をカバーできる程には能力がある。ただの要素だけ見れば拮抗していてもおかしくない試合は、けれどもじわじわと出水が追い詰められていったのだが。
早い話、心の持ちようで決着がついたのである。

*

思えば最初から焦りと戸惑いに支配された試合だった、と、転送先のベッドの上で出水は呆然としていた。
弾をひたすら造っては打ち出し、の最中には思い出さなかったことである。戦いの中ではとにかく、何はともあれ勝たなくては、と考えていた。勝たなくては。そうでなければ大変なことになる。───何が大変なことになる?
あれ、なんだっけ。思い出せないまま、なぜだか焦燥だけが胸に甦ってくる。あれ、あれ。どうして勝たなきゃいけなかったんだ。何に思い詰めていたんだ。何に、何が、なんで。どくどくと心拍が激しくなる。汗がじわりと冷たく滲む。手のひらは急速に冷えきった。目は見開かれたまま、きょろきょろと部屋を見渡す。
頭上に人影があることに気が付いたのはその時だった。
戦闘体への換装が解けたまま、ベッドの上で出水は悲鳴も上げられなかった。
「約束は守る」
片手にトリガーホルダーを手にし、もう片手はポケットに突っ込んだ二宮が、出水の顔を覗きこんでそう言った。
「時間取らせて悪かったな。また稽古をつけてくれ」
さらりとそれだけを告げると、二宮は足早にブースを去っていった。

出水公平、十七歳の時分にして、人生においておそらく後にも先にもこれほどではないであろう混乱を極めていた。

二宮が言っていた、約束というのが、「模擬戦をして、自分が勝ったら付き合ってくれ」という内容でさえなければ。一本勝負だったのだし、恐らく工夫さえ凝らせば勝てない相手ではなかっただろう。
ただ、そんな事を条件付けられていきなり臨む試合など、動揺の渦に思考を持っていかれても仕方ない。少なくとも出水はそう思っている。
弟子入りさせてくれと頭を下げられたときよりも───というかそんなことが比べ物にならないほど───凄まじい衝撃と驚きが、出水の脳を支配していたのだ。いつも通りの動きなんて出来なかった。

模擬戦の、最後の一手。
メテオラで辺りが瓦礫の山になった、もう最後の最後のその瞬間。アステロイドの雨と続けてとどめのつもりの一撃のギムレットを打ち出したその時。二宮は、明らかに出水と同じ事をしようとしていたはずだった。
ギムレットを造り出すための手の動きが、不意に止まった。遅れを取り戻せないと悟った二宮は、確かにシールドを張った筈なのに。あろうことか着弾する直前に、身を守るための手段を放棄した。
明らかに追い詰められていたのは出水だったのだ。焦りと戸惑いに支配された試合で、いつも通りの動きなんて出来なかった中で、土手っ腹に一撃だけとはいえ穴が空き左手が肘まで吹き飛んだ状態で完全に五体満足の二宮に身を隠す障害物もなく対峙していた状態で。
明らかに出水の脳裏に負けが決まったと思わせて、実際に戦闘体を吹き飛ばされたのは二宮の方だった。
これではまるで勝ちを譲られた体である。いや、正にそうだった。明らかに勝負はついていた。掌の上で転がされていたのは、出水の方だったのに、二宮は何を思ってかそれを止めたのだ。
シールドを消した瞬間、二宮の目は明らかに、何かを悟って歪んでいた。

出水には一連の流れが、まだ信じられなかった。

*

二宮が隊室に戻ってきたのを確認して、辻はコーヒーを飲んでいた手を止めた。この後の防衛任務に向けて早めに本部で控えていたが、二宮の様子のおかしさが気にかかる。「お疲れ様です、二宮さん」
「ああ」
「………」
二宮という人物は、割と感情が表に出やすい。辻は少なくともそう捉えている。もっとも、いつだって表情そのものは少し不機嫌に見えるけれど。
今回は何だ、とコーヒーのおかわりついでに席から立ち上がり、二宮へ何か飲みますかと聞けば、上の空で二宮は答えた。
「少し、寝る」
辻は衝撃でマグカップを取り落としそうになった。
あわや手から離れるところだったマグカップを両手で掴み、慌ててテーブルの上に置く。少々大袈裟な音を立てたが気にしなくてはいけないのは今はそこではない。
「具合でも悪いんですか」
「負けだから、ふて寝だ」
さらに普段の二宮からは考えられないような発言を聞いて、ついに耐えられなくなった辻は、隊室の奥に二宮が引っ込んだのを見送ってから先輩ふたりに連絡を入れた。隊室に入る時は、できるだけ静かにという内容である。



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