出来損なった神の末路とは(ディバゲ/サフェシュレ)
2016/05/10 08:13

※捏造は標準装備
※水アレルギーの話と設定が同じです。
※つまりこの話の堕水才も水アレルギーです。
※水波神が割とかなり色々酷い。
※何もしていません。






「面倒なんだな、君のその体質は」
サフェスの自室のベッドの下で、シュレディンガーは三角座りで俯いていた。その両肩を足で挟むようにベッドの縁に腰掛けて、サフェスはシュレディンガーのタオルケットで覆われた後頭部を見下ろしている。片手にはドライヤー、もう片方はタオルケットに乗せて、やや乱雑にシュレディンガーの頭を撫で回していた。ドライヤーが温風を吐き出して、シュレディンガーの髪から水気を奪っていく。
シュレディンガーが水に、物理的に酷く弱いことを知ったのはつい最近だった。はっきり言うならそれはアレルギーだ。少しでも皮膚に水が接触すると、治りかけの火傷みたいに爛れてしまう。シュレディンガー曰く、「調子がいい時は腫れるかじんましんで済む」らしいが、これでは日常生活はままならないのではないだろうかと疑問に思った。が、どうやら条件もいくつかあるらしい。
冷水が良くないのであって、熱い湯なら全く問題は無いこと。シャワーを浴びることや入浴はどうやら平気らしい。それから、冷水を飲むことはできる。グラスに注いだ水を唇につかないように飲む技術は、幼い頃から身に付いていたらしい。あとは、どうやら「水」でなければ平気だということ。試しに東魔王や南魔王からありがたく頂戴してきたティーバッグで作った紅茶やジュースの数々を、浴室でシュレディンガーに頭から浴びせてみても全く変化はなかった。
様々な液体で汚れた体で自室に帰ろうとするシュレディンガーを引き留めて、せめてシャワーでも浴びていけと言った。汚れた衣服も洗濯機に水洗いしてから放り込んだ。そして今、ようやくサフェスはシュレディンガーの髪を乾かし終えたところだ。癖のついた猫っ毛に手櫛で流れを作ってやって、漸く作業を終えたところだ。
「こうしてすぐに髪を乾かさないと、頭の皮膚が滅茶苦茶になるなんて。苦労の痕が窺えるよ」
簡単な話だ、髪の毛に含んだ水に、頭の皮膚が反応して大変な事になるだけの。幼い頃に髪の毛が一部抜けて、以来生えてこなくなった部分がシュレディンガーの右耳の後ろに見付かった。指の爪を切ったあとのような三日月が慎ましやかに居座っている。
「すまないが君の服は洗濯が済み次第返すよ。今は此処で話でもしようか」
ドライバを装着した後の顔をゆるりとサフェスに向けて、シュレディンガーはそれきり目を伏せた。
ある意味では、シュレディンガーはサフェスを何より信頼しているかもしれない。サフェスなら自分の心を、言いたいことを正しく汲んでくれる。サフェスの前でなら、本当の意味で何も喋らず、口を開かずに済む。かなり楽だ。こうして二人でいることが苦ではないどころか、もしかしたら研究や開発の作業中の次くらいに。
「寒いなら毛布を貸そうか。ここまで上がってくるといい」
サフェスが左手でシーツを叩くとシュレディンガーはゆっくりと立ち上がり、そのままベッドに乗り上げて、サフェスを避けて寝転んだ。もそもそと布団に潜り込んで、どうやら服が着られるようになるまで眠るつもりらしい。
「話そうって言ったそばからそれか。別に良いけど、僕以外にそれは通用しないだろうね。彼にも呆れられるんじゃないか」
間違いなくそうなるだろう。サフェスはそう思っている。あの西魔王、きっと意味のわからない行動は無視するか放っておくかのどちらかだ。どうでもいいことは本当に触れもしない人間だとサフェスは西魔王について解釈している。
その光景が脳裏に過ったのか、シュレディンガーはむくりと起き上がって、布団を体に巻きつけた。ほぼ裸なのは寒いだろうから、サフェスは特に何も言わなかった。
「全く、そんなことで実る恋なんかあるのか。甘えてばかりではいけないって前にも言ったことがあった気がしたけれどね」
僅かに眉をしかめた目で、サフェスをじっと睨めつけるが、サフェスはどこ吹く風と言ったふうにドライヤーを弄ぶ。
「……西魔王と触れあうときが来たら、君はどうするつもりなんだ」
シュレディンガーははた、と目を見開いた。想像もしていなかったのだろう。視線をシーツに移してそれきり考え込んでしまった。
「まさか本当に何も考えていなかったんじゃないんだろう。……何か反応してくれ」
シュレディンガーは本当に止まったまま、やがて瞬きをひとつ取ったあと、サフェスに視線を投げ掛けた。
つまりこの天才は、他人との交流を避ける生活が長く、世間一般で言う恋人同士がどんな風に触れあうかも知らないままで生きてきた。何も知らないままでただ、才能と自らの意思だけを指標にして。
サフェスはもう「神」であったから、そういう繁殖のために必要な行程を知識としてしか捉えていない。ただの魔物であったなら、それなりにぼんやりと考えないことも無かったかも知れないが、そんなことは最早どうでもいいことだった。
この水才、本当に「生き物」なのか。
「……シュレディンガー、それはまずいと僕でも思うよ。少しは慣らした方がいいのではないかな」
シュレディンガーが本当に、いつか西魔王と仲を深める時が来たなら、なんでもかんでも「できない」では済まされない。それでは何も意味なんかない。逃げてばかりでは、欲しいものは手に入らないのだ。言葉をもって話すことも、いつか触れ合うことも、そこにサフェスは介入しない。ならシュレディンガーは、自分でなんとかしなければならない。
そこまで考えて、ふとシュレディンガーを見上げると視線がかち合った。

「……何、本気で言っているのか、それは」
さすがのサフェスも、驚いて言葉をなくしてしまった。
こくりとシュレディンガーが首是するのを、サフェスはどこか好奇心を拭えない心持ちで見つめていた。

*

ベッドに横たわる自分よりいくらも大きな体を、サフェスは指先で弄んでいる。シュレディンガーの口許を覆うドライバからは、稀に空気が漏れ出る音が微かに聞こえてくる。
晒された喉元を指の背中で柔く撫でると、薄く開かれた睫毛が震えるのが見えた。
体に纏っていた布団は、とっくに取り払ってシュレディンガーの頭の下だ。
日の下に出る生活をしないからかやけに青白く見える皮膚に、爪を触れるか触れないかのところでなぞらせていくと、サフェスの手を止めるようにシュレディンガーの手が重なった。
「何をするんだい。これでは練習にならないよ」
して欲しいって言ったのは君だろう。
そうサフェスが言うと、重なった手はそろそろと離れて緩くシーツを掴んだ。
肩を通って胸、溝尾を過ぎてからは両手で腰と脇腹を掠めていく。そうしたら今度は背中に指の気配がして、シュレディンガーはからだを震わせて背を丸めた。逃げたくてやっているのだろうが、これではねだられているのと変わらないなとサフェスは思う。
「随分やりやすくなった。気を使うことを覚えられたじゃないか」
違う、と言いたげに、背後にいるサフェスを体を傾けて見つめるシュレディンガーの目は、どうやら潤んでいるようだった。
「ほら、まだまだ十分ではないのだから」
つうっと耳の裏の生え際を指先で探られて、シュレディンガーは体を捩って逃げを打った。呼吸が止まっているらしく、胸が空気を逃がせずに膨らんだままだ。
首筋と耳までをゆっくりゆっくり行き来している手とは反対の手で、サフェスはそうっと丸まったからだを手のひらで撫で上げた。びくりと跳ねた体を落ち着けるように、なるべく優しく髪を撫で付ける。その間に片手は腹の下、臍に爪を軽く引っ掻けてやる。
「……────ッッ!!」
息を呑む音が聞こえて、シーツを掴む手のひらに力を込められなくなって、指先が拠り所を探すように彷徨った。
歪んだ瞼から、とうとう涙がこぼれ落ちると、サフェスは漸く手を止めた。
「……嫌だったのか」
ぽつりと呟いたそれに、シュレディンガーは暫くの間答えることは出来なかった。
何もかもが初めての感覚に呑まれて、サフェスにすらまともに意思表示が出来なかった。
片手で撫でられた臍を守るように覆い、もう片手で漸く探し当てたサフェスの服の裾を掴むと、それを目元に押し付けて暫く身動ぎすら取らなかった。

*

シュレディンガー曰く、「嫌ではなくて、驚いただけ」だと言う。腫れた瞼で訴える意思は、初めてサフェスを狼狽えさせたけれど、どうやら嘘ではないらしかった。
「あまり驚かせないでくれないか。肝が冷えた」
肩を落としてサフェスを見つめる表情からは、困惑と羞恥が混じっていた。
やっと乾いた服を渡されても、顔を埋めてため息をつくしか出来ず、暫くの間シュレディンガーは服を生暖かくしているばかりだった。
漸くまともに服を着られるようになった後、シュレディンガーはベッドから降りたサフェスを見つめている。
「……知らないよ。そこまでは」
ちらりとシュレディンガーを見やって、それから大袈裟なため息をつく。
「僕は君よりだったら俗世間に詳しいかもしれないけど、君の体の事までは詳しくない。自分で調べるんだな」
靴紐を締める所だったシュレディンガーを無理やりに立たせて、背を押して部屋から追い出した。
困惑を見せるシュレディンガーの瞳を、一瞥してからサフェスはドアを閉めた。

ベッドから離れたテーブルの上に、使った残りのオレンジジュースが見えた。
ペットボトルの口をつまんで持ち上げると、中身が揺れるのを観察しながら、シュレディンガーが訴えた一言を思い出す。

そんなこと、知らない。知るつもりもない。
このあと、シュレディンガーがどんな末路を迎えても、例え彼が西魔王と本懐を遂げたとしても。サフェスにとっては全てがどうでもいいことだ。関係のないことだ。サフェスはもうシュレディンガーとは違うものなのだから。
あの時、シュレディンガーの髪と同じ色の睫毛が震えて、涙の雫を溢したのを、脳裏に甦らせながら。サフェスはベッドに体を預けた。
疲れがどっと押し寄せた。慣れないことはあまりしたくないものだ。



__________________
───あの時、頭も視界も真っ白になった、あれは何なのか。

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