夏目友人帳パロエレリ
2013/07/18 00:48

幼い頃から自分にだけ、不思議なものたちが見えていた。生き物であるかすら定かでないそれが、少なくとも人では無かったのに気付いたのは、見えはじめてすぐだ。物心ついたらだんだんと、'見てはいけないもの'であり、'相手にしてはいけないもの'なのだと理解していった。
こちらが相手にしなくても、向こうはこちらに気付いて脅しやからかいにかかってくる。そうでなくても不意に目にしては自分一人だけ驚き、周囲は一人で勝手にびくついている自分を見て首を傾げる。次第に評価は変わっていき、両親からすら変人のような腫れ物のような扱いをされるようになったのは、当然のことだったのだろう。
そんな幼少期をなんとかやり過ごし、高校に入学するところで、両親が田舎への引っ越しを決めた。……また自分のせいで、町に居づらくさせてしまったのだ。

少年の回想はここでひとまず途切れた。回想と言うより夢に見ていたのだった。証拠は顔に残る畳の痕だ。目を擦ろうとして指先を頬に掠めて気が付いたのだ。うつ伏せに寝転がって居眠りをしていたのだろう、うう、とうめき声が出て、空腹に腹を撫でた。夕飯までにはまだ時間がある。

「……リヴァイ、さん」

つ、と口にした名前。少年は一人になると決まってこの名前を呼ぶ。そして呼ばれたその'リヴァイ'は、少しだけ時間を空けて現れる。

「リヴァイさん」

「うるせえ、用も無いのに呼びやがって」

窓の外からひょいと黒髪を覗かせた、目付きの悪さで人を殺せそうなその男の顔を少年は見たかったのだが、生憎と呼ばれたその時は毎回、何故だか色々な面を着けて顔を隠している。火男だったりおかめだったり般若だった時もあれば、どこで調達したのか縁日に出店で売っているアニメや漫画のキャラクターだったこともあった。紙袋に視界を開くための穴を開けただけのものを被ってきたときは、さすがに人間――もっと言うなら強盗か何か――だと間違えて通報しそうになったのは勘弁してほしい。ちなみに今回は狐面だ、まだマシどころか普通のデザインだったことに安堵して、少年はほうとため息をついた。

「何でリヴァイさんは毎回面を被ってくるんですか?」

「趣味だ」

ああこれは適当に流されたなとわかる程度には、少年はこのリヴァイとの付き合いを積み重ねて来ていた。くぐもった低い声の一言に、少年は少しだけ気分が浮く。空腹も忘れそうになりながら、ぶっきらぼうな声ともう少しの団らんを楽しむことにした。

「変な趣味ですね」

「余計なお世話だ」

短く揃えた茶髪を揺らして、顔を綻ばせて少年は笑う。面を着けたままの顔を背けて、窓枠を片手で掴みながら、リヴァイはそこに留まっていた。
いつも彼は窓から顔を出すだけで、たまに面を外すだけで、決して少年の部屋に入っては来ない。まるで線を引くように、狩り場の範囲を決めて生きる野生の獣のように。お陰で今まで少年はリヴァイの全身を見たことが無いのである。つれないなあ、と思うのだが、無理矢理に見てみようとして窓際に近づいたら、「削ぐぞ」といつもより数段凄みを効かせて唸るものだから、それきり少年は諦めた。
――いつかもっと仲良くなれたなら。最初から面など着けずに、顔を見て話してくれるような仲になれたなら。

「お前も大概ヒマだな。友人の一人や二人居ねえのか」

「居ますよ、もう少しくらいは。でもこうして部屋で居るときは、リヴァイさんと話したいです」

「……お前、やっぱりあのクソメガネに似てやがる」

本日のリヴァイは良く喋る方である。その証拠に、リヴァイから話題をあげてきた。もしかしたら彼も暇だったのかもしれない。

「酷いなあ、リヴァイさんは」

人の祖母をそんな風に。けれどもその罵倒を口にするリヴァイの雰囲気は少年には優しく見えて、思わず頬が持ち上がる。
いつか自分が知らない時間に、リヴァイと少年の祖母であるハンジは仲良く話していたのだろうか。どんな表情で、どんな言葉で?何を?
少年はハンジが羨ましく思えた。こんなにも近付きたい相手の、自分の知らない絆を引き出し結んだハンジが羨ましい。

「あいつなんざクソメガネで充分だ、お陰でこんな面倒がまだ続いていやがる」

「……オレは面倒臭いですか?」

「面倒だろうが。鏡があれば貸してやっても良かったくらいだ。今の自分の顔がどうなってるかわかってるのか」

「どうなってるんです?」

「気色悪い顔になった。ハンジの話を出した後に」

寂しげだが少し怒っているような。
少年は顔を手で覆い、全体を揉みほぐしていく。少なくともリヴァイの前では、あまりに醜い顔は晒したくない。ぐにぐにと目の周りや頬を指で押して、手のひらで肉を捏ね回す。そうしているうちにとりあえずはいつもの表情に戻った気がして、手を下げて顔をリヴァイに見せつけた。

「どうですか、戻りましたか」

不安そうな必死そうな顔。呆気に取られ、しばらくの沈黙を置いてから、リヴァイはそうっと窓に掴まっていない方の手で狐面の縁を撫でた。

「てめえも奇行種か」

あ、機嫌良くなった。少年がそう思うと同時に、階下から母の声がする。

「ご飯よ」

「今行く!」

もうそんな時間か。返事をして立ち上がり、今度は笑いながら少年はリヴァイに向き直った。

「また話してくれますか」

「呼ばれたら応える」

「やった」

嬉しそうに目を細める少年の何がそうさせるのか。リヴァイは少年の緩みきった顔から目が離せない。何故だか釘付けになる視線に、少年は嬉しいと同時に戸惑っている。何かまた変なことをしただろうかと心配になったが、リヴァイから投げられた言葉で頭が落ち着いた。

「何故俺としか話さない?呼べばいくらでも相手をする奴は居るだろうに」

お前の好きなあのハンジの話だって、俺以外からも聞けるだろうに。
今度は少年が呆気に取られ動きが止まる。その様子はリヴァイには隠し事を見抜かれた子供のように見えたが、追って聞こうとした問いは、言わせまいとした子供に遮られた。

「オレがあなたと喋りたいんです」

それじゃあ。それだけ残して少年は、開け放した窓をそのままに襖を開けて出ていってしまった。

残されたリヴァイは少年を飲み込んだ襖を見ながら、餓鬼が、と呟いた。
似ていると思っていたら、全くの見当違いだ。少なくともハンジはあんな顔はしない。あんな見ていて恥ずかしくなるような、それでいて穏やかで何かを慈しむような顔は。
今日はこのまま待っていてやろう、どうせ夜も呼ばれるのだから。いつもなら話が終わればさっさとこの部屋を後にするところだが。窓枠から体を部屋に乗り出してゆらりと入り込み、リヴァイは胡座をかいて壁に寄りかかり少年が夕飯を終えるまで、居眠りをして過ごすことにした。





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びっくりするほど読者に優しくない仕様になっててワロタ
なんとか解読してください

夏目:エレン
レイコさん:ハンジ
兵長ニャンコ先生にしたかったのになってくれなかった…


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