飴玉と鍋(ディバゲ/アオアリ)
2016/01/26 03:10

※聖門学園パラレルっぽいアオアリです。
※原作よりはまだマシな状況の双子と思われます。
※捏造は標準装備。



 突然だけど、カエルの調理法をご存知だろうか。なに、そもそも食べるものじゃない?そんなことは知ってる。僕だって食べたことがない。けど世の中にはまだまだ知らないことがたくさんあって、それは知識だったり文化や生活だったりする。カエルを食べる文化圏の人だって世の中にはいるだろう。そうでなかったらカエルの調理法なんてもの、本に記されている筈がない。
 そう、本に書かれている。SFだとかファンタジー文学の本でなく、確かタイトルは【美食と奇食の境界線】だった。なかにはイナゴの佃煮の作り方がさらっと書かれていた。心底知らなくてもよかった知識だ。
 そのカエルの調理法というのが、まずはカエルの穏やかな殺し方だった。いきなり押さえつけてナイフで首を落とすのは、牛とか豚とかの家畜と同じくらいには面倒だから、少しでも面倒を避けるための調理法だった。いち、鍋に水を入れる。に、カエルを鍋に入れる。さん、とろ火にしてぬるま湯にする。よん、あとはどんどん火を強くしていく。そうすると、カエルは温度の変化に気付かずに、やがて沸騰した湯に茹でられ死に至る。そうして殺してから捌くなりなんなり。
 そして僕は今正に、まな板の上の息絶えたカエルだった。調理されるのを待つばかりのひっくり返ったカエルだった。

*

 幼い頃の話だ。
 その頃僕らはまだまだ子供だった。何があったわけでもなく、両親には捨てられたがそういった子供が集まる施設ではごく普通に育てられ、何の蟠りもなく普通の双子の兄弟だった。
 そして僕は双子の兄弟の兄の方だった。ともすれば、いくら同い年であろうとも「弟は守るもの」という認識は揺るぎなかった。同時に僕は弟が唯一無二で、守るものという意識を通り越して甘やかしていたのだ。
 施設では皆が平等になるよう、例え幼稚園の年少と中学三年の違いがあったとしても、一番年少の子供と同じ量のおやつが配られる。でも、小さい子ほどもっと食べたいというわがままがよく出て、アリトンも他聞に漏れずそういう主張をする子供だった。おにいちゃん、これもっとたべたい。そう言われたら僕は弟の願いを叶えるべく、半分まで食べたチョコレートを弟に譲っていた。ありがとうおにいちゃんだいすき、そんな子供の現金な発言を、当時同じような子供だった僕は真に受けていたのだ。
 小学校に入っても、中学生になっても変わらなかった。むしろ僕は自ら進んで弟を甘やかしていた。嫌いな野菜は食べられるようになるまで食べてあげたし、苦手な教科の宿題はわかるようになるまで教えて、時には僕が解答欄を埋めてやる程だった。勿論、進級や進路に支障が出る前に弟には苦手教科を克服させたけれど、それだって僕自身の時間を削って付き合ったのだ。欲しいと言われたらお弁当のおかずだって差し出したし、欲しいと言われたからファーストキスも弟に捧げた。弟のファーストキスの相手が誰だかは知らないけれど、僕が持っているもので弟に譲れるものは全てと言っても良いくらいになんでも差し出した。
 全部全部、僕たち兄弟の思い出だ。弟のわがままは兄の僕が面倒を見て、叶えられるものは 叶えてやる。私立高校に特待生として入った僕たちになっても、それは変わらないことだった。甘やかすのは僕の性に合っていた。それでなくても僕には唯一無二で何よりも大切な双子の弟で、目に入れても痛くないとは正にこの事だったのだ。
 僕にも勿論苦手な食べ物や学校の教科がある。弟が苦手なものは僕が処理していたけれど、弟は「かわりにおにいちゃんのはたべてあげる!」と言い出す。熱いお茶を飲んでもらったり、苦手な教科を教えてもらったりした。僕は弟がいなくなったら、きっと喪失感と虚無感で死ぬのだろう、そう、自分でも思う。

 ファーストキスを捧げた、中学の卒業式の後のことだった。アリトンは泣きながら、兄さんは僕から逃げないでね、と言った。両親という、普通の家庭ならあって当たり前の存在がなかった僕たちは、お互いしか家族がいなくて、その頃になると同級生は恋人同士になる子も出てきて、将来は結婚するんだ等と言い出す子もいた。中学生がそんな甘い夢物語を、と思っていたけれど、唯一の親族で何よりも大切な兄弟だった僕たちは、結婚という響きに恐怖を覚えた。僕の知らない女の子に、唯一絶対とも言って過言でない兄弟を拐われる。僕にとっても恐怖だったそれは、どうやら弟にも少なからず恐ろしかったようだ。だから、アリトンはきっと僕に離れてほしくなかったのだ。だって僕がそうなのだから。
 一生の思い出になるであろう口付けを、弟にねだられた。僕にとってそれは至高の思い出になった。
 高校に入ってからは少しだけ距離が遠くなったけれど、施設に帰れば同じ部屋で、顔を付き合わせない日はない。少しだけ素行が悪くなった弟が心配で口を出すけれど、目に余る行為がなかったのもあって、甘えてくる時以外は放っておいた。アリトンにも僕にも、一人で行動できるようになる必要があった。いつも二人ではこれから先困ることも増えるだろう。そう思ってのことだった。
 けれども、アリトンは兄離れが出来ない子供になった。
 言い訳だ。本当は、僕は弟に離れていってほしくなかった。唯一無二で絶対の双子の兄弟という存在であってほしかった。僕の知らない女の子に、僕の知らない顔を見せるなんて耐えられなかった。僕がそうなのだから、弟にもそうであって欲しかった。弟のためにやっていたのではなくて、弟にねだられた全てのわがままは、全部全部、僕だけの弟にするために叶えた。

 そうしてある日弟が呟いた、兄さんは僕だけの兄さんでいてね、という言葉に、僕は愉悦と快感を覚えた。
 全てはこのときのためだった。弟にねだられたら自分の大好物でも譲っていた、そんな子供時代を過ごしたのに一切の不満は無いけれど、それでも成功は感じた。全ての努力と注いだ心血は実ったのだ。
 ああ、そうだね。僕は君だけの兄でいるよ。だから君も僕だけの弟でいてね。そんなことを言って、僕は弟をベッドシーツの上に押し付けた。
 途端にさあっと弟の顔が青くなるのが、僕は心底不思議だった。君の言う通り、僕は君だけの兄でいるよ。なのに何故怖がるの。何に怯えているの。僕にはわからない。君の望む通りにしてあげる、今までだってこれからだって。僕たちは、お互いしかないんだから。二人だけで生きていくようになるんだから。
 僕のファーストキス以来のキスも、弟のものになった。ついでにその日、僕の童貞も弟のものになった。
 これからも、全てを弟に捧げて僕は生きていく。アリトンもきっとそうなる。
僕がいなければアリトンは僕の弟にならないし、アリトンがいなければ僕は兄ではいられない。
 僕に言った、「僕だけの兄さんでいてね」というのは、つまり君もいないと成立しないのだ。

*

 兄さんは、僕だけの兄さんでいてね。そんなふざけただけの文句がきっかけで、兄さんは一線を踏み越えた。
 僕だけの兄さん。それはいつになっても変わらない、いつまでも変わらないものだと思っていた。僕のお願いはなんでも聞いてくれる、僕に尽くすのが大好きな兄さん。僕も兄さんに尽くされるのが大好きで、兄さんに甘やかしてもらうのが大好きだった。子供の頃、苦手なスティック状のニンジンやきゅうりを兄さんに食べてもらって、かわりに兄さんの苦手なセロリを全部食べた。数学が苦手な兄さんに、僕が教えてあげた。古典や現代文が苦手だったから、これらが得意な兄さんに聞いた。
 兄さんが僕以外を拠り所にするのが嫌で、兄さんの思い出を全て僕で埋めようとした。
 その結果、兄さんの恐らく初めてであろうキスは僕のものになった。
 僕がねだったら、わがままを言ったら何でも聞いてくれる兄さんは。僕だけの兄さんは、きっと僕のせいで僕しか見えなくなった。
 真綿と羽毛で包むような、優しい優しい残酷な仕打ち。僕に尽くして巣作りのための材料と甘い蜜を持ってくる働き蜂みたいな兄さん。僕のためだけに走る兄さん。その姿に愉悦と満足を得ていた。
 けれども、まさか。
 こんなに手遅れになるなんて思っていなかったのだ。



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タイトル力が欲しい。
作業用BGMは【君は出来ない子】でした。

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