溺死(ディバゲ/アオアリ)
2015/05/08 02:12

 小さかった頃の事は結構覚えているかもしれない。その頃の君はよく笑う子だったしよく泣く子だった。僕の後を追いかけて、おいてかないでって泣いていた。僕が手を貸して起こしてやると笑ってありがとうと言う。楽しそうなものを見つけたら直ぐに走って近づくけれど、周りに集まった他の子供たちの中に入れなくて、結局僕が手をつないで、なかまにいれてって一緒に頼んでいた。公園のブランコは凄く好きだったけれど、立って漕ぐのは高くて怖くて苦手と言っていたし、砂場遊びはなかなか思う通りの形に出来なくて、水で固めようとバケツを持っていく時に転んだ。よく転けてたんだな、そう言えば。
 全部本当のことなんだ。父さんと母さんと、家族で買い物に行った日なんかは嬉しそうに買い物かごにこっそり放り込むお菓子を二人で選んだし、パンケーキを食べたくて二人で作ったこともあった。失敗して黒焦げになったパンケーキを、泣きそうになりながら蜂蜜をたくさんかけて食べた。カブトムシを捕まえるのは得意だったけど、セミは怖いって近寄らなかった。花火はきれいだって嬉しそうに見ているけど、プールは怖くてなかなか水のなかに入れなかった。その時だって、先にプールに入った僕においでって言われて、ようやくそうっと爪先から静かに入ったんだ。僕と髪型が似てきて間違われる度に怒って、ある日突然切ってきた時は僕も驚いた。確かにこれならすぐどっちがどっちかわかるけど、僕はそれが残念でならなかった。だって、僕が世界でただひとり、君を間違えずに呼べる筈だったのに、これじゃあ誰でもすぐ君をみつけてしまう。
 髪を切ったら自信がついたのか、二人で一緒に行動することが減った。背が僕よりほんの少しだけ高くなって、僕は悔しい思いをしたけれど、君は嬉しそうだった。でもまた時間がたったら背丈が同じになって残念そうにしていた。
 ねえ、アリトン。僕はこんなに覚えている。君と、父さんと母さんと暮らしていた、幸せな日々を覚えている。君はどうなんだ? 少しでも幸せであっただろうか。たくさん泣いていたけれど、たくさん笑ってもいた。泣いた時の方が多かったかもしれないけれど、確かに笑ってもいたんだ。楽しそうに、あるいは嬉しそうにしているように見えたけれど、君はどうだったんだろう、全部が僕の勘違いで、本当は僕のことも父さんや母さんも嫌いだったんだろうか。
 もしも僕のことを憎んでいたとしても、アリトン、僕は君を愛している。たった一人の僕の弟の、君を愛している。どんなに罪を重ねたとしても、例え世界中がお前を指差しても、僕は君の側に居てやりたい。重くのし掛かる罪なら一緒に背負う。悲しくなっても苦しくなっても離れてなんていかないし、嬉しいことや楽しいことは一緒に分かち合いたい。僕をどんなに恨んでいても、怒っていても良い。僕は何よりも、君を守る兄でありたい。
 そう思っていたのにな。

 「兄さんは勝手だね。僕の都合なんか考えてない」
アリトンは何も見ていなかった。中空を見つめる目は濁りきっていて、馬乗りで覆い被さってくる兄を、可哀想とさえ思っている。
 「馬鹿だね。兄さんは本当に、何にもわかってない」
アオトの手がアリトンの頬を撫でた。髪に指を通して、いとおしそうに唇を寄せて髪を食んでいる。
 「僕は兄さんを嫌ってないし憎んでもいない。むしろ僕だって兄さんと同じ気持ちだよ」
耳のかたちをなぞる指と、反対側のこめかみを舌がぞろりと舐め上げた。
 「僕は兄さんの、世界でただひとりの存在になりたかったんだ。ただの双子の弟でなくて、たったひとりの家族で、唯一兄さんに愛されたくて、同時にとても憎まれたかった。大切にされたくて、蔑ろにされたくて、誉められたくて、罵られたかった。僕が一番でなくても構わないから、かわりに僕を一番忘れられなくしたかった」
頬を包む手と、鼻先に落ちてくる唇が暖かくてアリトンはそれを自分に刻み付けるように目を瞑った。首筋にアオトの唇が触れる。
 ネクタイに指が掛かる。逆側の手で視界を塞がれる。はだけた胸元を爪でなぞられる。触れるか触れないかの間隔で指が臍を掠めていく。ベルトに手が掛かったのと同時に、唇を唇で止められた。
 アリトンの目が、恍惚と細められた。
 「アリトン、僕はもうわからない。僕の最愛の人の血で汚れた君を、僕は愛しているのか、憎んでいるのかわからないんだ」
 「本当に兄さんは愚かだ。僕の話を聞いていたのか?僕は兄さんの一番深いところに根を下ろしたかっただけだよ」
アリトンは笑っていた。ほの暗い水底のような目で、アオトを見つめて笑っていた。艶やかなのに穏やかな顔で、興奮しきっているのに安心して、アオトの首に手を回して、誇らしそうに、情けなさそうに。
 「いつか僕を殺すまで、兄さん、僕で生きていてね」
真っ白いアリトンの胸を、アオトの爪が抉った。





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厨二病乙
マリナ降臨前に書いたので色々と許してください

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