前後不覚、もしくは安心(HQ/菅及)
2015/03/25 03:07

休日の練習は午前だけで終わるのはお互いにわかっていた。本日は駅前のファーストフード店で待ち合わせ、昼食を済ませて話ながら帰る予定である。
菅原がそこに向かうと及川は既に到着していた。約束の時間よりも互いに早く着いていて、気が急いていたのはどうやら変わらないらしいことが菅原は嬉しく思うのだ。

ぽかん、と口を間抜けに開けて、菅原は目を見開いていた。
視線の先には見目の麗しい顔を油断しきった風に緩ませている及川がいる。菅原よりも大きく口を開けて、目は緩く気を抜いて閉じられており眉尻はだらしなく下げて。
要は大口開けて隠しもせずに欠伸をしているのである。
イケメンが台無し、とはそれが終わって唸る声を聞いたときに浮かんだ感想だ。
「豪快……」
「なに見てたのちょっと!」
女子でもあるまい、焦る必要も無いだろうと菅原は思うのだが、及川は顔を背けて赤い頬を見せまいと必死だった。
「最悪、最低、菅原くん悪趣味」
「だってお前、あんな気持ち良さそうなの見ちゃったらなあ」
苦笑しつつも軽い自己弁護に、及川は顔をしかめた。
「良いもん見たよ」
「追い打ち止めよう」
「録画したかった」
「せめて写真に留めて!」
早朝でも無いにせよ朝はやはり早くに起きて、部活で汗を流しそれなりに疲れている。そんなところに腹を満たせば、欠伸が出るのは当然。もう向き直ってはいるが口許だけはばつが悪いのか隠したまま、及川は赤くした頬を直すこともできない。
そんな様子はまた、菅原の頬を緩ませでれでれと目尻を下げる要因だった。
「かわいいかわいい」

付き合いはじめて二ヶ月ほどの出来事である。



週に一度だけ会うことを決めているのは、前回及川が欠伸をしたのと同じ日曜の昼以降だった。
この日はしかし及川が開校記念日を明日に控えていると聞き、菅原は夜に約束を取り付けていた。たまに日の暮れた、月明かりと電灯と町の照明の中で会ってみたいという出来心に近い感情。それでも構わないと言った及川に感謝しつつ、適当に映画館に入る。
「何か観たいの?」
「これ気になってたんだよな」
指差したのは復刻上映のホラー映画のポスターだ。動く人形が次々に一家を包丁で惨殺していくというもの。特に文句もない及川は、切符を二人分菅原に任せて、リクエストのジンジャーエールと自分のコーラを買いに並んだ。ついでについ最近お小遣いをもらったばかりなので、調子に乗って新しく発売したイチゴミルク味のポップコーンも買ってやった。何かに対してざまーみろと思うのは何故だろうか。

スクリーンを見上げている最中、不意に隣の気配が落ち着きすぎていることに及川は気がついた。現在、映画はまさしくパニックの真っ只中にあると言うのに。
半分減ったポップコーンを溢さないように支えながらそっと隣を覗く。
こちら側の肘掛けに左腕を預け、頬を左手で支えながら退屈そうに菅原はスクリーンを見ている。
くああ、と、見たこともないような具合に口を大開きに菅原は欠伸をした。
危うくポップコーンのカップを取り落としそうになるかと思いきや、飲み物のカップとあまり変わらず片手で持てるサイズのそれを、及川は思わず握りしめていた。
「おわっ、及川それ」
周囲に人は居ないがあくまで上映中の劇場内で、大声を出すことは憚られた。溢していないかを確認している菅原に、及川がぼんやりと何を言ったかと言えば。
「……マナー悪いね……?」
「…思ってたよりつまんなかった」
今まさに一家の幼い末っ子長女が襲われるという場面で、図らずも二人は見つめあうはめになった。

付き合いはじめてから二ヶ月と一週間ほどのこと。
及川はどうして前回自分がかわいいと言われたのかがわかってしまったのだった。



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