第九話

政宗と家康―――。幸村が生きていた乱世の人間がこの世界にもいる。
それは決して他人のそら似ではない。何せ名前も顔も性格もそのままだった。
魂と肉体が転生してきたのではないかと思えてくる。いや、実際そうなのだろう。
そうなると幸村の知る他の武将達もこの世界にいるのだろうか。

「おやかたさま・・・、さすけ・・・・・。」

懐かしい名を口にする。
もし今生出会わなくても、この平和な世で幸せに暮らしていてほしい。
そう願うばかりであった。

「・・・・。」

無音の部屋の中、窓の外に広がる夕焼けをぼんやり眺める。
思えばこうやってゆっくり景色を見るのは久しぶりだった。
赤く染まる空を見上げると、鳥達が自分の巣穴に帰っていく。
政宗もじきに帰ってくるだろう。
そんな事をつらつらと考えていると、次第に瞼が重くなり始めた。
ここに来てから睡眠時間が多くなっている気がする。
眠気に抗おうとするもうまくはいかず、いつの間にか心地よい闇に落ちていった。



幸村は夢を見ていた。
今は懐かしき武田屋敷の中。
幸村の前にはどっしりと鎮座している大きな影があった。

「久しいのぅ。幸村よ。」
「!!!!」

その声は紛れもなく幸村が師と仰いでいた武田信玄のものだった。
重低音ながらも優しさと威厳が満ち溢れている声に感極まる。
幸村は涙で瞳を潤わせ「お館様!」と口を開く。

――――が、声が出ない。いや、出せなかった。
ならばせめてもっと信玄の近くに、と思って走り寄るが一向に近付く事もできない。
これは夢の中だからだろうか。
思うとおりにいかない歯がゆさに悔しげに顔を歪ませる。
すると信玄が幸村の思いを汲むように語りかけた。

「ここは死人の世界故、生きている者とは接触できなんだ。お主と久方ぶりに話したかったのだがのぅ。」

信玄は少し残念そうに微笑を零す。

「今日はお主に伝えたき事がある故、こうして儂の所にに来てもらった。」
「・・・・?・・・」
「あまり長くはおられぬから手短に話す。」

幸村は大きく頷き、その場に正座をした。

「お主、向こうの世界では童子の姿になっておろう。それは儂の力が及ばなかったせいじゃ。すまぬ、苦労しておるのであろう。」

(そのようなことはありませぬ!再びこの幸村に生を与えてくだされた事、多大に感謝をしておりまする!!)

そう信玄に伝えたかったが、口が利けない幸村は激しく頭(かぶり)を振るのが精一杯だった。
しかし信玄は幸村が言わんとしていた事が理解したようで、一つうなずく。

「そうか。だが、その姿が元に戻る時がある事を今日は伝えに来たのだ。」

「??!!」

まさかそのような朗報が聞けるとは思っていなかった。
幸村の眼は驚きで大きく見開く。

「おそらくそれは次の三日月が出ずる晩。その一晩だけお主の体は元に戻る。」

思えばあの世界に来た時も空には三日月が淡い光を放っていた。
そうなると次に戻れるのはもう少し先のようである。

「おお、もう時が来たようじゃ。名残惜しいがまた会えよう。」
(この幸村、常にお館様の御心に全力で応える所存!!)
「うむ。では息災でな、幸村。」

そう言うと信玄の姿は黒い霧に囲まれ、見えなくなった。
幸村は深々と平伏し、信玄を見送った。
そして顔を上げたと同時に現実の世界で目が覚める。
夢の中では元の幸村の姿に戻っていたが、現実ではまだ小さいままだった。

「みかづきのばん・・・それがしはもとに・・・」

政宗はどんな反応を示すのだろうか。
きっと隻眼を見開いて驚くに違いない。
それまでこの事は何となく黙っておこう、とふと思う。
政宗の驚いた表情を想像すると、なんだか楽しいような暖かい気持ちになった。

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