第十七話

結局小十郎が政宗と顔を合わせたのは朝餉の席であった。
幸村もいることで、昨夜何があったのか聞けずに悶々とする小十郎は自然と険しい顔つきになる。
それを知ってか知らずか政宗は何食わぬ顔で箸を進めていた。

「片倉殿。昨夜はよくお休みになられましたか?」

幸村は今日も爽やかな笑顔で小十郎に話し掛けた。
小十郎は何やら申し訳ないような気持ちで答える。

「・・・ああ。途中から記憶が無くてな。迷惑を掛けたようで申し訳ない。」
「いえ、お気になさらず。お疲れだったのでしょう。」
「まったくもって面目ない・・・。」

頭を下げる小十郎に幸村は困ったような笑顔を零した。

「本当に気になさらず。お、と。米が足りませぬな。しばしお待ち下され。」

そう言うと幸村は腰を上げた。

「そんなの家臣に頼めばいいじゃねぇか。」

政宗はさも当然のように言う。

「某も客人をおもてなしいたす身でござる。それもまた武人の務め。」

その答えを聞き、政宗は口角を上げて笑みを零した。

「そうかい。そりゃあいい心がけだな。」

お待ちを、と二人に会釈し、幸村は部屋から出て行った。
これは好機と小十郎は口を開く。

「政宗様。」
「なんだ。」

汁を啜る音が部屋にやけに響く。

「昨夜は政宗様より先に床についてしまった事、真に申し訳ございません。」

深々と頭を下げる小十郎を一瞥し、漬け物に箸をのばす。

「疲れがたまってたんだろうよ。気にするな。」
「いえ・・・腹を切らねばならぬ失態で」「馬鹿野郎。そんな事で切られたらたまんねぇよ。」
「は、申し訳ございません。それと・・・・」
「Ah?」
「真田と・・・なんというか・・・・」

めずらしく歯切れが悪い小十郎に政宗は軽く噴き出す。

「Don't worry.お前に隠すつもりはねぇよ。」
「はぁ・・・・。」

妙に笑顔な政宗に小十郎の胃が段々と痛くなってきた。

「まずは真田とイイ仲になったのはもう勘付いているだろ?」

改めて言葉として綴られるとなんだか物悲しい。
小十郎は胸中穏やかではないが黙って静かに頷いた。

「まぁ俺がアイツの部屋に忍び込んだわけなんだが、状況が変わってなぁ。」
「・・・・?」
「アイツは・・・」

政宗はニヤリと口角を上げて笑った。


「とんでもねぇ虎だったぜ。」
「虎・・・・・?」


確かに戦場で敵兵を薙ぎ払う幸村は虎のようだと感じた事はある。
実際「虎若子」の異名を持つほどだ。
しかし、政宗が言わんとしていることは・・・。
小十郎がどういう意味なのか問おうと口を開きかけた時、幸村がおひつを持って戻ってきた。

「お待たせし申した!」

幼さの残る笑顔を浮かべながら幸村は座り、おひつを横に置く。

「政宗殿。如何か?」
「じゃあ、もらおうか。」

既に空になっている茶碗を幸村に差し出した。
すると幸村は茶碗ではなく政宗の手を取り、じっと指を見つめ始めた。。

「・・・何だ・・?」
「いえ、ここに・・・」

手から茶碗をそっと抜き取り、政宗の人差し指を口に含んだ。


「「??!!」」


政宗は驚きのあまり隻眼を見開き、小十郎の手からは箸がぼろっと転げ落ちた。

「な・・・・・」
「米粒がついておりましたぞ。」

幸村の大胆な行動に驚く二人をよそに、本人はさして気にした素振りを見せず笑顔で答えた。

「またこのような所も某の心をくすぐりますな。」

その発言にとうとう政宗は赤面する。

「・・・ば・・・!馬鹿野郎!な、何言ってやがる・・・!」
「そのように恥ずかしがる姿も実に愛らしい。」
「・・っ・・・・!!!」

顔を真っ赤にしながら政宗はこれ以上何も言えなくなってしまった。
そんな二人のやり取りを見て、小十郎は先程政宗が言わんとしていた事を理解した。
そしてこれ以上同じ空間にいては何かに毒されそうな気がしてくる。
というか今すぐこの場から離れたい。

「・・・真田、馳走になった。政宗様、小十郎は先に支度をしておきます。」
「あ、おい」「では失礼いたします。」

小十郎は素早く障子を開けると、逃げるように部屋から出て行った。



「右目の旦那〜、逃げてきたんでしょ。」

いつの間にいたのか佐助から声を掛けられる。

「・・・。」
「独眼竜も旦那に爪を取られたってとこ?」
「・・・猿飛、テメェ・・・」

あからさまな殺気が小十郎から稲妻となってほとばしる。
たまらず佐助は軽々と後ろに飛び、小十郎と距離を取った。

「お、と、これは失礼。でも一応忠告しておくよ。」
「何だ。」

小十郎の眉がぴくりと動く。

「うちの旦那はああ見えて、結構智将だよ。」
「何・・?」
「独眼竜に惚れているのは本当。でもそのせいか夢中になりすぎちゃうんだよね。だから・・・」

佐助の表情が一瞬で冷徹なものに変わる。

「せいぜい気を付ける事だね。」
「・・・!」

佐助の言わんとしていた事が分かると小十郎のこめかみには幾重もの青筋が立った。

「政宗様に限ってあり得ねぇ。テメェらこそ妙な動きをしたら覚悟しておけ。」
「おー怖!でも・・・武田は強いぜ?」
「上等じゃねぇか。伊達軍がどれだけ屈強かその身に刻んでやる。」

両者廊下のど真ん中で睨み合い、その間には凄まじい火花が散る。
そしてその周りには先に進めない幸村の家臣達が迷惑そうに立ち往生していた。

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