第十六・五話

外は白みがかり、部屋の闇が徐々に薄れていく。
傍らには死んだように眠る銀髪の男。
その髪を優しく梳く。感触は悪くない。
顔を覗き込むと眼帯は外され、左目には大きな傷が縦に伸びていた。
その傷をぺろっと舐める。が、反応は無い。

「Han・・・少し取りすぎたか?」
今度は背中に顔を埋める。
すぅと鼻から息を吸うと心地よい匂いがした。
「やっぱり俺はチカの匂いが好きだな。」
顔を埋めながら、広い背中を撫でる。
背中には情事の最中、自分がつけたであろう傷がいくつもあった。
それらを一つずつなぞっていく。何かを確かめるように。
相変わらず反応は無い。
「無理もねぇか。興が乗っちまったからな。」
政宗は元親から離れ、優しく着物をかけた。
そして自分が着ていた着物を軽く羽織り、障子を開ける。
冷たい外気が火照った体にあたり、心地よい。
行灯の横に置いてあった煙管を取り、障子を閉める。
廊下に出て、手すりに腰を掛けると指先からパチッと電流を走らせ、煙管に火をつけた。
ふぅっと吐き出す煙が朝霧と混じり合う。
その様をしばらく見ていると、後ろで気配がした。

「早いな、小十郎。」

政宗の後ろには正座をした小十郎が佇んでいた。

「おはようございます。政宗様」

小十郎は平伏しながら朝の挨拶をする。
「Good morning.」
政宗はそう言いながら、煙管の灰を自分の掌に落とした。
灰は小さな稲妻に包まれ、跡形もなく消える。
「調子がよろしいようで。」
少し皮肉めいた言い方だったが、政宗はたいして気にしたふうもなく「まぁな」と答えた。

「長曾我部はまだ?」
「ああ、ちょいと取りすぎちまったみてぇだ。中で寝てるぜ。」
政宗は親指でくいっと自室を指さした。
小十郎は中の気配を探ると、弱々しい気配が感じ取られた。
寝ているというより気絶しているというほうが近いかもしれない。
常人であれば恐らく生きてられないぐらいだろうが、さすが主が選んだ人間だ。そこまではいってないようだ。
視線を政宗の方に戻し、小十郎は問い掛けた。

「して、政宗様。あの者を囲うおつもりで?」

その問いに政宗の口端が上がる。
「That's right.」
(ああ、やはりそうか。)
「それでは・・・長曾我部には人であることをやめてもらわなければいけませんな。」


「と、思ったんだがな。やめておく。」
主の意外な答えに小十郎は驚く。
独占欲の強い主のことだ。てっきりそうするものだと思っていたからだ。
「鳥を籠に入れちまったらつまらないだろ?」
「では現世に戻すと?」
「Yes.ただ、俺がいつでも会えるようにこいつを持たせるけどな。」

政宗は新たに火をつけた煙管を咥えながら、自室の障子を開ける。
薄暗い部屋の中には銀髪の頭が際だって見えた。
ごそごそと箪笥を漁る政宗をしばらく見ていると、ようやく何かを見つけたようでこちらに戻ってくる。
政宗の手には細かい刺繍が施された巾着があった。
それを小十郎に渡す。中の感触を確かめると球体のようだ。
「もしやこれは・・龍玉(りゅうぎょく)でございますか?」
「ああ。まぁ、お前が持っているものとはgradeが違うけどな。」
「・・・・。」
なにやら複雑な気分だ。無意識に巾着を握りしめる。
そんな小十郎をよそに政宗は机に向かい、紙に何かを書いているようだ。

「よし。これでいいだろう。小十郎、確認してくれ。」
そう言われ渡された紙に目を通す。
「・・・政宗様、これで伝わるでしょうか?」
「すぐに分かったらつまんねぇだろ?」
「はぁ・・・。」
どうやら直す気はないらしいので、小十郎はおとなしく渡された文を綺麗に畳んだ。



「夜が明けたな。」
そう言われ、外を見ると霧は薄くなり、朝日が顔を覗かせていた。
「小十郎、悪りぃがチカを現世に戻して行ってくれ。」
「はっ。」
「じゃあな、チカ。See you again.」
政宗は眠る元親の頬に軽く口付けをした。
相変わらず反応は無い。

「じゃあよろしく頼むぜ。俺はこいつで軍神にふっかけてくる。」
政宗の手には昨夜元親としていた天正かるたが握られていた。
余程気に入ったのだろう。いらん遊びを覚えたものだと思い、小十郎は溜息をついた。
次に政宗を見ると、もうそこに主の姿は無かった。
空を仰ぐと蒼龍が天高く昇っていくのが見える。
「まったく、仕様のない御方だ。」
小十郎は渡された巾着と文を懐に入れ、眠る元親を担いだ。

「お前・・・運が良いぜ。」

そう声を掛け、掻き消えるように姿を消した。

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