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それはまるで、魔法のよう。

バラバラと置いてあった材料たちは華麗に混ざり合いあっという間に姿を変える。出来上がったものはキラキラしていて甘くて優しくて。凄いと思った。綺麗だと思った。

咲希はお菓子が作られている工程を見ているのが好きだった。




「ねーねー、ツナー?」

「んー?」




夜9時。太陽はとっくに姿を消して、月が高く上り闇夜を明るく照らしている。窓から差し込んでくる月光のお陰で咲希にはツナの顔がはっきりと見えた。

ここは咲希の部屋である。咲希はベッドに横たわっていて、ツナはベッドの横に膝立ちしながら咲希を寝かしつけている。最初の頃は咲希が部屋の外をうろつき誰かを殺したりしないよう警戒しての見張りのようなものだったのだが最近ツナは咲希との短い時間での会話を楽しんでいた。




「わたし、お菓子作ってみたい!」

「え、お菓子…?」

「うん!えっと、キッチンであの、作る人が作ってて!すっごいの!キラキラしてる!」

「わ!分かった!だから落ち着いて!」




今にもベッドから飛び出さんばかりの勢いで興奮する咲希をツナは苦笑しながら大人しくさせる。

――お菓子か。咲希が最近キッチンに入り浸っているのはツナも知っていた。何をするでもなくただ見てるだけ。最初のほうはやはり誰かが見張りに付いていたのだけれど最近は咲希一人でも行っているらしい。

ツナとしては少し不安は残るが信用しないのは悪いし、楽しそうに見てると嬉しそうにコックも言っていたから大丈夫だろうと安心していた。だがまさかこんなことを言い出すとは思ってもみなくて戸惑ってしまう。




「お菓子って、ケーキ?クッキー?」

「えー。よく分かんない」

「そっか。いいよ。明日コックに頼んでみる」

「やったー!」




だからもうおやすみ。そう言えば咲希は嬉しそうに笑って目を閉じた。数十分で規則正しい寝息が聞こえてきて、それを確認してツナはそっと部屋を出た。




「…お菓子作り、な」

「…盗み聞きなんて趣味悪いよ」




廊下の壁に寄りかかっていたリボーンにツナは苦笑する。リボーンはそれに騙されてやるほど甘くはなく、相変わらず鋭い視線をツナにぶつけていた。

リボーンの言いたいことをツナはそれとなく理解していた。長年の付き合いもあるし、目は口ほどものを言うという格言もあるし、超直感もある。




「油断すんなよ。最近流行ってる殺し方、知ってるか?」

「……あの、子供を使った奴?」




途端にツナの顔に嫌悪感が顕になった。リボーンの言う殺し方は記憶に新しく、つい最近獄寺に注意されたばかりだ。不愉快極まりない下劣なやり方である。――年端も行かない子供を、殺人の道具として使いのだ。子供は何も知らずに、ただお金ほしさに言うとおりにする。それは彼らにとって甘い誘惑だった。渡されたものをもって標的の元に近づく、それだけで一週間分の生活費が手に入る。飛びつかない子供はいない。…けれど彼らが報奨金を手にすることはない、彼らは標的ともども爆弾の餌食になる。

リボーンは咲希がそんな子供なのではないかとも疑っていた。ツナを殺そうと隙を伺っている。もしくはツナは甘いと有名なので、子供相手なら殺さないだろうと踏んだ阿呆が咲希を差し向け頃合を見計らって暗殺しようとしている。可能性はいくらでもある。なんていったってツナはボンゴレ10代目なのだから。




「…リボーン。俺も最初は色々考えたよ。けど、気付いてるだろ?」

「…」

「俺はもちろん…雲雀さんも骸も咲希に懐いてる。懐いてるって言い方は変かもしれないけど、あの2人でさえ咲希を懐に入れてるんだ。…だから、」




寸でのところで言いとどまる。何を言おうとしたのか、ツナよりも長く暗殺業をこなしているリボーンに同じ暗殺者を信用しろだなんて無理難題にも程がある。ツナは言葉を飲み込み、また歩き出した。




「俺は、咲希に対して警戒していないつもりはないよ」




***




「それじゃあ、咲希さん。作りましょうか」

「つくりましょー!」




翌朝。ツナから話を聞いた料理長は咲希の申し出を快く了承し、咲希は厨房にいた。クロームお手製ピンクのフリフリの付いたエプロンを身に着け、長い髪は後ろで一本に結ってあり、三角巾もつけている。




「咲希さん、何が作りたいですか?」

「んーと……」




何が作りたいのか、と具体案を求められると咲希は視線を彷徨わせてしまった。必死に言葉を探す咲希を見て、料理長は優しい眼差しを向けたまま咲希の言葉を待つ。




「あのね、咲希よくわかんないから…。えっと、貴方の、料理作ってるの見て、楽しいの!だから咲希もそういうのしてみたい!」

「そう言って貰えると嬉しいです。では、咲希さんにも作れそうな…。この中から好きなものを選んでみてください」




ツナから咲希は捨て子であり常識が備わっていないことを聞いていた料理長は咲希がお菓子のことなどまったく知らないことを予想していた。だから簡単に作れるお菓子のレシピ集を用意しておいたのだ。

咲希は本を受け取り1ページ1ページじっくり見ていく。とりあえず出来上がり完成図を見て自分が作りたいものを見つけるのが一番だろう。咲希はやる気に満ち溢れているのですぐに見つかるだろうと予想していた料理長だが……咲希は中々表情は緩まずむしろ厳しいものになるばかりだ。はてどうしたものか、と料理長が訝しがっていると、不意に咲希が顔を上げ、眉を下げながら尋ねた。




「あのね、咲希リボーンに食べて欲しいんだけど…」

「リボーンさんに、ですか?」




それは難しいのでは、と料理長は思ったが口には出さないでおいた。リボーンは超一流のヒットマンだ。それはつまり殺しの腕が一流であることを意味するが、人を信用しないということも意味している。有名ゆえに命を狙われることも多く、他人から与えられたものは決して口にしないという信条も持ち合わせている。…そんなリボーンが幼子とはいえ元捨て子からの食べ物を受け取るとは到底思えない。




「リボーンはね、まだダメなの。笑わないの。だから、笑って欲しいの…
……笑うとね、あったかくのあるの…。咲希ね、ツナとか恭弥とか骸とか…みんなと笑うとあったかくて、胸が、ぎゅーって、だから…」

「……そう、ですか」




言葉は拙いが言いたいことは十分すぎるほどに伝わった。料理長は自然と微笑んでいた。




「リボーンさんはエスプレッソが好きらしいです」

「えすぷれっそ?」

「はい。コーヒーの一種なんですが、とても苦いもので咲希さんは苦手に思うかもしれませんが、リボーンさんは好きなんです。簡単なパウンドケーキでも作ってみませんか?」




料理長の言葉に咲希は顔を綻ばせた。


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