例え月が濁っていたとしても、
止めて・・・止めて止めて止めて!!
触らないで。見ないで。こっちに来ないで。
ごめんなさい。生きていてごめんなさい。愛して欲しいなんていわないから、我侭言わないから、殴られても蹴られても文句言わない泣かないから。だから・・・要らないなんて、言わないで。
「っ、」
悪夢に魘されふっと目を覚ます。太陽は既に消え、夜の主役である月が空を綺麗に照らしていた。
今宵は満月。何者をも寄せ付けない高貴な光を放ちどうどうとあるそれは私とは大違いだ。私は光をもらってもそれを満足に跳ね返すことすら出来ない。
「ああ…」
また、自己嫌悪。こんなんじゃいけない。自分をダメだ何て思っちゃダメなのに。それでも思ってしまう。
嫌い。私なんて嫌い。大っ嫌い!
「ふっ・・・」
苦しい、よ・・・
なんで、いないの。どうして私が生きていてジョットがここにはいなくて。私なんて要らないのに。誰にも必要とされないどうでもいい存在なのに。ジョットは誰にでも必要とされる人だったのに。
――何のためにお前は、ここにいる。
「ああ、もう。煩いなあ・・・」
隙あらば囁いてくる。そんなに辛いならばすべて壊してしまえばいいと。辛いと思う心さえ壊してしまえば、もうなにも苦しむことはないと。
私を苦しめる全てのものを、壊してしまえと。
囁いてくる弱い心。これはきっと私が人間である証。消えることのない罪。私が弱い人間で。だから私はジョットを殺した。
「・・・」
空に浮かぶ満月に兎なんて見えないし。鈍い光を放っているようにしか見えないんだけど。ジョットといたときは違った気がした。もっときらきらしてて、本当につきには兎がいるかもしれないなんて思っちゃって。――ううん
月だけじゃない。何もかもが輝いて見えたよ。貴方の隣は綺麗なものばかりで、貴方はとても美しくて。だからやっぱり私みたいな汚い下賎な存在がいていいはずがなかったんだ。ごめんね、私のせいでごめんね。
貴方の思いを知っていても逃げることを選んでごめん。私は弱いから、私は自分が可愛いから。――貴方の許しに甘えているから。
「キャアアアアア!」
――暗闇の中を悲鳴が駆け抜ける。
甲高い女の悲鳴。そして草むらを何かが駆ける声。嫌な夢を見たせいか第六感のおかげか私は何が起こっているのか想像がついて、気が付いたら駆けていた。
「いやあああ!!こないで――!」
「キルルルゥ!」
「キーキー!」
インクブスだ。インクブスは睡眠中の女性を襲い精液を注ぎ込み、悪魔の子を妊娠させる。女性があられもない姿で逃げているところから途中で目覚めて逃げたのだろう。
後ろには木。周りはインクブスに囲まれ逃げ場はない。女性を追い詰めたインクブスはしたり顔で、厭らしい笑みを浮かべながら女性に少しずつ近づいていく。悲鳴をあげ、拒絶しながらも逃げられない彼女を嘲笑いからかいながら。
吐き気が、した。
ガサッ
私が小さく物音を立てれば途端にやつらは振り向いて私を視界に入れる。餌が増えたと勘違いした愚か者もいて、そいつは嬉しそうにニヤニヤ笑っている。それが私の嘔吐感を助長した。
「――消えろ、下種」
低い声で呟く。ぶくぶくとインクブスの体は泡立ち一瞬にして薔薇の花びらへと姿を変えた。汚らしい赤色の花びらに。
甘ったるい鼻に付く香りに思わず顔をしかめる。嗅ぎなれたその香りが今は気持ち悪い。
「・・・服」
「え?」
「危ないから。あげる。気をつけて帰りなさい」
上に羽織っていたローブを呆けている女性に投げつけて私はその場を離れた。“ありがとう”なんて絶対に言われたくない。
私が彼らを殺した理由は、正義感とか道徳とかそんな大層なものじゃない。ただただ自分のために、彼女を昔の私と重ねたからインクブスに苛立っただけ。そんな勝手な理由で私は彼らの命を奪った。性交は彼らの生き残る術だというのに。
「・・・楽しくなんて、ない。でもきっと彼は大丈夫。そう言ったよね――ジョット」
復讐は生きる目的にはなりえないけれど、その過程で彼は大切なものをきっと見つけられるよね。
私たちと違って強い彼は。
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