凡人 | ナノ
前兆



明利が臨也の家に居候として住み込んでから早一ヶ月。




「うん、だいぶ慣れてきたみたいだね」




臨也は明利の仕事ぶりを見つめながら関心したように呟く。

明利だってこんな雑用、やりたくてやっているわけではないし、慣れたくもない。
ただ住まわせてもらう以上、最低限できることはしなければならない。
それをしないというのは私のポリシーに反する。

さすがに私の記憶力もそこまで馬鹿ではない。
一ヶ月もあればこの程度の仕事ならこなせるようになってくるものだ。




「自分にびっくりしますよ、ホント」
「君はもっと自分に自信を持つべきじゃないかな?」




根拠はなくとも臨也はそう思っているのだ。明利にはきっと、他の人間と違う何かがあるのではないか、と。

だが明利は臨也が自分に対して何を伝えたいのか全くといっていいほど分からなかった。




「臨也さんって、変わってますよね」
「よく言われる、っていうか……いいかげんその“臨也さん”っていうのやめてくれる?」




明利自身、臨也との距離を縮める気がなく、他人行儀に等しい呼び方をしていた。
その上、砕けた言い方で話すこともなく、ほとんど敬語を使っていたわけだが、臨也はあまり快く思っていないらしい。

この男の気持ちを考えた上であまり距離を縮めなかったことがどうやら裏目に出ているらしい。




「臨也……くん?」
「それもあんまり好きじゃないかな」
「じゃあ……臨也?」
「うん、それが一番しっくりくる」
「じゃあそれにします」




今まで臨也にひどい仕打ちをされたわけではないが、この男に逆らう真似はしたくなかった。
後でどんな目にあうかわからない。

臨也は“ついでに敬語も抜いてくれると嬉しいなー”と自分の思うがままに発言している。

正直、誰かの下で動くのは楽ではないのだが、不思議と臨也を見ているとそれを感じなくなる。

この気持ちの名前はまだわからない。

ふと聞こえた着信音に私は携帯電話を手にとった。
送り主は池袋に住む私の友人だ。

メールには“住宅情報!”と書かれており、マンションの写真が一枚、添付されてある。

実は以前、この友人に“安くて綺麗なマンション、もしくはアパートはないか”という内容のメールを送っていたのだ。

そして一ヶ月の時を経てようやく送られてきたそのマンションの写真。

外観も内装も綺麗で、家賃も払えない金額ではない。

だが、不思議なことに自分の出した条件にぴったりあてはまるそのマンションを見ても喜びを感じられなかった。

散々嫌だと言っていたこの男のもとからようやく離れられるというのに全然嬉しくない。
むしろ寂しささえ感じてしまうような不思議な感覚。

――あ、れ?
なんで、だろ……

椅子に座り窓の外に視線を向ける臨也を見つめる。
私の視線に気づいたのか臨也はパッと視線を合わせ、にこりといつものように微笑んだ。

伝えなければならないことなのだがどうも気が乗ってこない。
理由なんてない。
まだここにいたい。
そうとも感じてしまう。

この気持ちの行方はまだ分からない。



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