黄金色に輝くまるい月
あの月を見ると 思い出すの
いやな事 つらい事をたくさん たくさん
あれは 人の心を狂わせるから
―――だから、満月はきらい。
『Full moon』
A Tribute to KAZUKI.
閉じた瞳の奥で微かな光を感じ、ゆっくりと瞼を持ち上げる。
微睡みの意識の中で開いた瞳が捕えたのは、硝子窓の向こう、微かに藍を溶かしたような夜空にただひとつ、孤高に浮かぶ満月。
冴え冴えと浮かぶそれは、人工的な光の少ないこの場所からは一際大きく輝いて見えた。
彼女を眠りから覚醒させたのは、カーテンの隙間から薄く注がれた月光のせいらしい。
四角く縁取られた窓枠に収まったその幻想的な景色は、まるでひとつの絵画のよう。
けれども、何故だろう。
美しいと思うのに、禍々しいとさえ思うのは。
月明かりの眩しさに、思わず目を眇める。
完全に目は醒めてしまった。
気怠い身体をゆっくりと起こし、手探りで衣類を手繰り寄せる。
まだ夜目が利かない中で手繰り寄せたそれは、自分が数刻前に着ていた服ではなく、陽だまりのにおいを纏った少し大きめのジャケット。
彼女はそれを手に取って特に頓着せず素肌に羽織り、音を立てないように気遣いながらベッドを降りると窓辺へと向かった。
そっと窓を開けると、少しだけ冷たい夜風が部屋に入り込み、同時に彼女の長い髪を揺らした。
窓枠に手をかけ、虚ろに月を眺める。
視界いっぱいに広がる薄闇の中、潔く、静謐な光を放つ月。
―――初めて
人を手にかけた日も、こんな月夜だった。
罪のない人に対して剣の切っ先を向けた日も
自らが指揮を取ってマランダを制圧した日も
そう、確か。
こんな風に、まん丸な…。
「…セリス…?」
意識が仄暗い過去へと沈みそうになったその刹那、少し掠れた声が自分の名を呼んだ。
振り返ると、つい先程までシーツの波間に沈んで眠っていたはずの彼が、榛色の瞳をこちらへ向けていた。
「起こしちゃった?」
苦笑して尋ねると、月明かりに淡く照らされた彼が「寒い…」と、くぐもった声で一言。
「あ…っ、ごめんなさい」
それを聞いて、セリスは慌てて窓を閉めた。
夜風は再び硝子窓に遮られ、緩やかに揺れていた彼女の絹糸のような髪も、動きを止めて背を流れる。
「…じゃなくて、」
それでも不服そうに呟く彼の言葉が、先程よりも間近で聞こえて。
少し驚いてもう一度振り返ると、いつの間に夜具から出たのだろう、背後に来ていたロックの腕がセリスを包んだ。
「ロック…?」
「ん…、やっぱりおまえは暖かいな」
まるで人肌の温もりを求めるように身を寄せてくるロックに、セリスは思わず微笑んだ。
背中に、うなじに、全身に、彼の存在を感じる。
セリスもまた、自らの温もりを与えるように彼の腕に触れた。
先程まで眠っていた彼の方が幾分体温が高いような気がする、などと考えていると、今更ながら感じた違和感をロックが口にする。
「これ、俺の…?」
「あ、えっと…、ちょっと肌寒くて借りちゃった」
勝手に羽織ってしまった事を詫びるような表情を返すと、それを聞いていたのかいないのか、ロックは身体を離してセリスの姿を改めて見つめた。
素肌に羽織っただけの、彼女には大きすぎるサイズのジャケット。
彼女の足の付け根を辛うじて隠す丈のそれは前開きでボタンもジッパーもなく、彼女は手で前を合わせて隠してはいるものの、隙間から覗く白い双丘とすらりと伸びた足は、月明かりの逆光を浴びて普段以上に際どく煽情的だった。
「…やっばい」
「え…?」
「なんか、そそられる」
そう言葉を零して、ロックはセリスを囲いこむように窓枠に手をついて逃げ場を封じた。
彼の瞳に宿る情欲の色。
その視線の意味を理解する間もなく、セリスの唇は温かいものに塞がれた。