■■■■ heavenly kiss
4
「でも…、許されないわ、こんな事…」
けれどそれに囚われながらも脳裏を過ぎるのは、己の手を深紅に染めた残虐な朱色の記憶。
そして彼の心にいつまでも眠り続ける、色鮮やかな藍色の美姫。
どれだけ熱に浮かされようとも拭いきれない過去と、彼の中の唯一無二の存在は、いつでも頭上で鎌を擡げて私に知らしめる。
その苦しさに視界が歪み、隠すように右手の甲で目元を覆った。
いつからか、ずっと感じていた。
求めれば求めるほど、切ない距離を。
だから触れ合っているこの一瞬だけは、この手の届くところに彼が居るのだと…信じる事ができたのに。
けれどそれは、泡沫の幻想。
私の罪は一生消えない。
消えない罪で朱を帯びた偽りの造花は、どれだけ色鮮やかに散る事なく咲いたとしても所詮それは偽りでしかなく、
綺麗に花開き、夢のように儚く散ってしまった本物の美しさには敵わない。
そう、判っているからこそ。
私が彼女から彼を奪おうだなんて。
…そんな事、きっと神が許しはしない。
「―――…お前の罪は、俺が負うから」
すべてを見透かしたような彼の言葉は、足元から這い上がる罪への畏れに脅かされはじめた心に、ヴェールをかけるようにふわりと落ちた。
「…お前の過去の事も、俺の過去の事で傷つけたお前の心も、全部俺が負うから」
目元を覆い隠した手を取り去り、真正面から彼が私を見据える。
その顔には月の光が、片側だけを淡く照らしていた。
彼の真摯な眼差しが、私の切なさに揺れた瞳を覗き込む。
「だから…受け入れてほしい」
彼は私の指先にそっと口づけた。
そのままついばむように瞼や頬、鼻先や目尻の至るところに柔らかく唇で触れて、最後に口唇に舞い落ちる。
そのキスは砂糖菓子のように甘く、溶けそうなほど優しくて。
そのくちづけはまるで、ひとつの儀式のよう。
ゆっくりと注がれる彼の想い、彼の熱、彼の情炎。
それを痛い程に与えられ、甘い余韻を残して離れたその口唇が囁いた。
「愛してる」
限りなく優しく、果てしなく罪深いその一言を紡がれた瞬間に。
―――…彼への想いごと、ひとつ残らず奪い盗られてしまった。
心も 身体も 吐息さえも
すべてをあなたにあげるから
罪咎への愁いも、今だけは快楽の海に沈めて
今だけは、なにもかもを忘れる程の甘い夢をみさせてほしい。
たとえこの甘美な繋がりがどんなに罪深くても
たとえこの極上の幸せが泡沫の幻想だとしても
今ならきっと、辿りつけるはず。
あなたと一緒なら天国まで…。
end.
(2009.02.04)