色のない世界に

2


――――あなた、誰…?






 今でも鮮明に甦る、『彼女』の声。

 それと共に押し寄せる、忘れることのできない絶望と、胸を引き裂くような悲しみ。


 あの時の感情が、淡い期待を抱く心を戒める。
 あの時の記憶が、無意識の内に心奥に訴える。


 あんな思いはしたくないのだと、心が悲痛な叫びをあげる。





あなたは一体誰なの…?


知らないわ、あなたなんて。


あなたが来ると、家族が悲しそうな顔するの。




出ていって…!!










 近くなっていたはずの二人の距離は、いつの間にか離れて、また遠くなってしまった。


 手を伸ばしても、もう届かない。


 迷いもなく歩き、再び遠ざかっていくその後ろ姿を黙って見つめる事しかできず、俺はただその場に立ち尽くしていた。


 その時。


 金の髪が澱んだ風に煽られた。
 瞬間、垣間見えた横顔。

 そのたった一瞬で。

 あれはセリスだという、不遜なまでの確信が過ぎる。
 けれど、俺はもう名を呼んで振り向かせようとはしなかった。




 …今は、まだ会えない。

 この悲しい記憶と、悲しい過去に囚われ続けた自分自身と決別するまでは。




 だから。

 俺は視線の先の彼女に背を向けて、足を踏み出した。
 前を見据えて、振り返る事もせずに。
 彼女とは違う道を歩き始めた。



 いつか…

 心の戒めを解いて、彼女の本当の笑顔と再び出会う為に…。







 色のない世界に、ぽたりと落ちた希望の色。

 ほんの僅かなその色が、混じりあって溶けあって。

 少しだけ、目の前が淡く色づいていくのを感じた。



end.

(2008.11.21)





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