色のない世界に

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『色のない世界に』





 何処を見渡しても色のない世界を眺めていた視界の端に、ふとした拍子に遠目に捉えた、一人の女性の後ろ姿。


 そして、光る金色。


 流れるような柔らかさが。
 肩からさらりと零れ落ちる滑らかさが。
 波打つ稲穂のようにきれいなその、金の髪が。


 あの日、あの時、世界が歪んだ瞬間に、この手を離れて落ちていったあの金の髪と、よく似たものに見えたから。



 ドクン



 鼓動が大きく胸を打った。
 くすんだ情景にひとつだけ、浮き立つように色鮮やかに揺れる金糸に、目を奪われて視線を外せない。
 自分の中の何かが、ざわりと音を立てて騒ぎ出す。


 気付けば俺は、人ごみをかき分けてその後ろ姿を追っていた。


 確信なんてない。
 金の髪の女など、砂漠の砂の数ほどいる。
 別に珍しいものじゃない。
 今までだって、幾度となくそんな人を目にし、傍を通り過ぎてきた。
 ただ後ろ姿が、金の髪が似ているというだけで、セリスだという確信なんて何一つない。

 けれど俺の五感が、直感が、しきりに心に訴えかけるのだ。




 あれはセリスだ、と。




 揺れる金糸との距離が少しずつ縮まる。

 手を伸ばせば、もう届きそうな距離。

 声を掛ければきっと彼女は振り返り、そして少し驚いた後、花開くような笑顔を零してこう言うはずだ。

 俺を見て、俺だけに微笑みを向けて。





『ロック…やっと会えた』





――――誰…?




「……っ……!」



 同時にふいに脳裏を掠めた、記憶の中の『声』。

 手を伸ばし、彼女の名を呼ぼうとした瞬間、声が出せなくなった。
 そしてその場に立ち竦む。



 …そうだ。
 もし違っていたら。



 期待して、振り向かせて、それがセリスでなかったら。


 声を掛け、振り返り、俺を見た瞬間驚愕して。
 碧い瞳ではないその目は、見知らぬ者を見るように細められて。
 そして怪訝な表情のまま告げられる言葉。


『あなた誰…?』


 そう言われるのを、俺は心のどこかで恐れている。




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