■■■■ 色のない世界に
1
『色のない世界に』
何処を見渡しても色のない世界を眺めていた視界の端に、ふとした拍子に遠目に捉えた、一人の女性の後ろ姿。
そして、光る金色。
流れるような柔らかさが。
肩からさらりと零れ落ちる滑らかさが。
波打つ稲穂のようにきれいなその、金の髪が。
あの日、あの時、世界が歪んだ瞬間に、この手を離れて落ちていったあの金の髪と、よく似たものに見えたから。
ドクン
鼓動が大きく胸を打った。
くすんだ情景にひとつだけ、浮き立つように色鮮やかに揺れる金糸に、目を奪われて視線を外せない。
自分の中の何かが、ざわりと音を立てて騒ぎ出す。
気付けば俺は、人ごみをかき分けてその後ろ姿を追っていた。
確信なんてない。
金の髪の女など、砂漠の砂の数ほどいる。
別に珍しいものじゃない。
今までだって、幾度となくそんな人を目にし、傍を通り過ぎてきた。
ただ後ろ姿が、金の髪が似ているというだけで、セリスだという確信なんて何一つない。
けれど俺の五感が、直感が、しきりに心に訴えかけるのだ。
あれはセリスだ、と。
揺れる金糸との距離が少しずつ縮まる。
手を伸ばせば、もう届きそうな距離。
声を掛ければきっと彼女は振り返り、そして少し驚いた後、花開くような笑顔を零してこう言うはずだ。
俺を見て、俺だけに微笑みを向けて。
『ロック…やっと会えた』
――――誰…?
「……っ……!」
同時にふいに脳裏を掠めた、記憶の中の『声』。
手を伸ばし、彼女の名を呼ぼうとした瞬間、声が出せなくなった。
そしてその場に立ち竦む。
…そうだ。
もし違っていたら。
期待して、振り向かせて、それがセリスでなかったら。
声を掛け、振り返り、俺を見た瞬間驚愕して。
碧い瞳ではないその目は、見知らぬ者を見るように細められて。
そして怪訝な表情のまま告げられる言葉。
『あなた誰…?』
そう言われるのを、俺は心のどこかで恐れている。