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降りしきる雨、雨粒が屋根を叩く音。それだけが響く空間で、つい先程まで元気に話していた翔ちゃん。その翔ちゃんが今、私の目の前で苦しそうに倒れ込んでいて、でもこの状況が理解できなくて。


「しょ、翔ちゃん…!?どうしたの?どこか痛いの?」
「はぁっ、はっ…」


我に返った私は、その場にしゃがみこんで翔ちゃんに視線を合わせながら背中をさすった。翔ちゃんは胸をギュッと抑えていて、とにかく苦しそうだ。ただの体調不良ではないことはすぐに分かった。



「(どうしよう、どうしよう…!)」

頭が真っ白になって何も考えられなくなる。必死に頭をフル回転させるのに、何も判断が出来ない。

だけど今ここには私しかいなくて、とにかく苦しそうな翔ちゃんを何とかしなきゃ、私が…けど、どうしよう…!


「きゅ、救急車…!」

投げ出したバッグを漁って、震える手でスマホを掴んだ。救急車の番号って何番だっけ…と考えながら画面をタップしようとすると、翔ちゃんの手がそれを止めた。



「大丈夫っ…だから、香織…。すぐ、落ち着くからよ…」
「けどっ…全然大丈夫じゃなさそうだよ!」
「大ごとにしたくねぇんだ…救急車はっ、呼ぶな…」


息切れ切れに言う翔ちゃんを見て、私がしっかりしなければいけないのに泣きそうになってしまい、唇をギュッと噛んだ。
確かにもう寮の近くまで来ている。救急車が来たら騒ぎになることは予想出来る…けど。ううん、むしろそうすれば先生が、大人が来てくれる?その方が絶対良いと思うし、私も安心だ。


「翔ちゃん、やっぱり私──!」
「ダメだっ…頼む、から」
「け、ど…!」
「香織…っ」

それでも翔ちゃんは拒んだ。悲痛なその叫びに…私は表示していた119番の番号を消す。


こんなに翔ちゃんが苦しそうなのに、黙って見ていることしか出来ないの?わかんない、わかんないよ。一体どうしたら──




ふと地面に目をやると、私のバッグから小さな紙が覗いていることに気付いた。見覚えのあるそれを取り上げて…震える指で広げる。


羅列された数字、そして記されていたのは……来栖薫の名前だった。



『翔ちゃんに何かあったらすぐに連絡して』


…そうだ!薫くん!薫くんなら…


藁にもすがる思いでその番号をタップして耳元にスマホを当てた。プルル、と呼出音が鳴る。


「お願い…出てっ……!」

スマホを力強く握り締めて、ギュッと目を瞑った。お願い、お願いと何度も祈る。恐らく数秒のそれが、酷く長い時間に感じた。




「……はい」

電話越しに聞こえた声に、目をパッと開いた。薫くんの声だ。


「もしもし?来栖の携帯電話ですが…」
「薫くん!私っ…水谷香織です!」
「……香織さん?」


私の名を聞いて、薫くんの声が驚いた色に変わる。ひとまず繋がったことに安心しながらも、私は落ち着くことも出来ず、そのまま早口で言葉を続ける。


「そのっ…今、翔ちゃんと、二人で居てっ…」
「翔ちゃん?」

その名前を聞いて薫くんの声の調子がまた変わった。私の様子から、何か翔ちゃんに異変があったことを察してくれたのかもしれない。


「突然っ…、翔ちゃんが倒れちゃって…!すごく苦しそうで、私っ…」
「香織さん、落ち着いて」
「意識は、あるんだけどっ…… でも救急車呼んじゃダメって、翔ちゃんが…!」
「香織さん!」

頭が完全にパニックに陥っている最中、薫くんが強く電話越しに私の名を呼んだ。それにハッとして言葉を止めた。



「落ち着いて、大丈夫」


優しくあやす様に、薫くんがゆっくりと話しかける。彼の声にようやく落ち着きを取り戻した私は、持っていたタオルを翔ちゃんの濡れた額に当てた。雨か冷や汗か分からないそれを拭いながら、薫くんの言葉に耳を傾ける。


「まず身体を冷やさないように上着を掛けてあげて。多分、いつもの発作だと思う」
「い、いつものって…?」


スマホを肩と耳で挟みながら着ていたカーディガンを脱いだ。言われた通りにそれを翔ちゃんの身体に掛ける。翔ちゃんは変わらず苦しそうだ。


「ごめん、後で説明するね。それからタクシーを呼んで早乙女病院に向かって。かかりつけの先生には、僕から連絡しておくから」
「う、うん!分かった」
「翔ちゃんの鞄の中に保険証と診察券が入ってるはず。それを病院の受付に出して、そこで待っていて」


薫くんの指示を頭の中で繰り返して、呼吸を整える。私がしっかりしなくちゃと、ゆっくりと瞳を閉じて念じた。



「香織さん」
「……」
「翔ちゃんなら大丈夫。僕もすぐに向かうから」


温かい薫くんの言葉に泣きそうになるのを我慢して鼻を啜った。どうしてこんなことになっているのか、疑問は浮かぶし怖くてたまらない。だけど今はとにかく目の前の翔ちゃんを助けなくちゃ、と大きく深呼吸をして頷いた。



「翔ちゃん、立てる…?」
「あ、あぁ…」


それからは薫くんに言われた通り、タクシーに乗って早乙女病院へ向かった。車内でも苦しそうに俯く翔ちゃんの背中をさすることしか私には出来なくて、自分の無力さが辛くて。

どうにか翔ちゃんが助かりますようにと……雨雲に覆われた黒い空にただ祈った。





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