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部屋の全身鏡の前でくるりと一回転。それから何度も何度も前髪を直した。大丈夫、多分変じゃないとぶつぶつ心の中で唱えながら。
「大丈夫、可愛いわよ」
椅子に座った優子が、私の心を読んだようにそう伝えてくれる。「本当?」と聞き返すと「本当本当」と念を押してくれた。
「行ってらっしゃい。楽しんできてね、チビとのデート」
「で、デートなんかじゃ…」
そう、今日は待ちに待った翔ちゃんとの約束の日だった。夏休みも終盤に差し掛かった頃、予定がようやく合って…合宿中に交わした約束が、今日叶えられるのだ。
「優子…あのね、私…」
「言わなくて良いわよ、分かってるから」
翔ちゃんが好きだ、その事にようやく気付いたという話は、優子にはまだしていなかった。だけど優子はもう私よりずっと先に、とっくに私の気持ちを知っていたみたい。全て見透かされているようで、ちょっぴり恥ずかしい。それでも「頑張れ」と温かく応援してくれる親友に、感謝でいっぱいな気持ちになった。
「うん、ありがとう。じゃあ行ってくるね!」
デートではない、と一応優子には否定したけど…大好きな翔ちゃんとのお出かけは特別だ。
デート、でーと…。デートと、思っていいんだよね…?
「(楽しみだなぁ)」
最後に新品のショルダーバッグを肩から掛けて、私は意気揚々と寮の部屋を飛び出した。
今日一日、素敵な日になるといいなぁ。
「…もしもし、私。えぇ、今部屋を出たわ、じゃあ打ち合わせ通りね」
───
今日のことを楽しみにしていたせいか、待ち合わせ場所に20分も前に到着してしまいそう。待ち合わせ場所…と言っても同じ寮に住んでいるから、約束しているのは広場の噴水の前。まもなく着きそう…というところで、噴水の前に人影が見えた。
「翔ちゃん!おはよ」
「…おわっ!香織!早くねぇか!?」
「翔ちゃんこそ早いね。どうしたの?」
私の呼びかけに大袈裟なくらい肩を揺らしたのは、上から下までバッチリ決めた翔ちゃんだった。いつもお洒落な翔ちゃんだけど、今日は服も帽子も見たことの無い新しい物。私もそうだけど、今日のために準備をしてきてくれたのかな…なんて調子良いことを想像してしまう。
だって、今日の翔ちゃん…
「あのさ、翔ちゃん…」
「ん?どした?」
「うっ…ううん!何でもない!何でも!」
両手を顔の前で慌てて振って、適当に誤魔化した。翔ちゃんは特に気にする様子もなく「じゃ、行くか」と足を進めた。
あっ…ぶない…。
「(今日は一段とかっこいいねって、言いそうになった…)」
隣を歩く翔ちゃんにバレないよう、片手で顔を扇いで風を送った。合宿が終わってから…やっぱり翔ちゃんのこと意識せずにはいられない。今日一日、楽しみにしてたけど…
「私、乗り切れるかな…」
「おーい、独り言多いぞ香織」
ガタンゴトンと揺れる電車の中で、翔ちゃんが私に笑って言った。すぐさま我に返り、「ごめん!」と謝って窓の外の景色を見つめた。
普段寮生活をしているせいか、電車に乗るのは少しだけ緊張する。既に何駅か通り過ぎたけど、翔ちゃんいわく「次の駅で降りるぞ」とのこと。
電車の吊革に掴まって並んで立つ、私たちの姿が窓に映っている。男の子の中では小柄な翔ちゃんだけど、私と並ぶと確かな身長差があって。
とびきりのお洒落をして、並んでいる私たちって…周りからはどう見えているんだろう。もしかしたら、恋人同士…に見えていたりも、するのかな。
それとも、やっぱり──
「(友達…なのかな)」
私に対する翔ちゃんの気持ちは分かりきっている。はっきりと、【ただの友達】と断言されているから。せっかく今日一日思い切り楽しもうと決めたのに…また可愛くない感情が押し寄せて、それを跳ね除けるかのように私はブンブンと首を横に振った。
「香織?」
「あっ…えっと、虫!ハエが止まりそうだったから避けたの、そう!」
「…ん?まぁ良いか…お、目的地着いたぞ!」
音を立てて開いた電車のドアから足を踏み出し、私たちは今日のデート場所へと辿り着いた。
遠くから見るだけでも心がウキウキする華やかな外装、流れてくる軽快な音楽。
手を繋ぐカップルや楽しそうにはしゃぐ家族連れで賑わうそこは…
「ここ…!遊園地…!」
「割と近いしずっと来たいと思ってたんだよなー。遊園地なんて久しぶりだし…どうかな、香織」
「…すごい!私も子供の頃以来かもしれない!嬉しいよ翔ちゃん!」
あまりの懐かしさと嬉しさに興奮しきりの私に、翔ちゃんは歯を出して笑った。まさかのお出掛けが遊園地だなんて予想外だったけど、本当に嬉しい。今日一日が、どんなに楽しい日になるのか想像すると心が踊った。
事前にチケットを購入してくれていた翔ちゃんの手際の良さに驚きつつも、賑やかな園内へ足を踏み入れる。
オープンしたばかりで人はまばらだけど、すでにアトラクションも動き出していて、道にはキャラクターの着ぐるみ達が来園者に手を振っている。
どうしよう、ワクワクが止まらないよ…!
「翔ちゃん!今日は思い切り遊ぼうね!まずはアトラクションからかな?」
「だな!そしたらとりあえず一発目は…」
入口で貰ったパンフレットを片手に、辺りをキョロキョロと見渡す。うーん、何から乗ろうか迷うけど…翔ちゃんの方を振り向くとバッチリと目が合って。翔ちゃんが言葉の続きを言おうと口を開く。
「メリーゴーラン…」
「ジェットコースター!!」
「は!?おま…香織、まさかそういうタイプ…!?」
「よし!じゃあ早速並ぼー!」
「い、意外過ぎんだろ!」
気持ちが逸り過ぎて、驚く翔ちゃんより数歩前を歩いてしまっていた事に気付いた私は、トトトと翔ちゃんに駆け寄って、その右手を両手で包んだ。そして引っ張るように、ジェットコースターの待機列の最後尾へと向かう。
「早く行こ!」
「お、おー!行こうぜ!」
握った手に、こっそりと力を入れた。今日だけ…今だけなら許されるよね?そう、神様と自分に言い聞かせながら。
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