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「なおくん、次あっちのお店行こ!」
「はいはい、分かったから引っ張るなよ」
一週間の合宿を終え、早乙女学園は夏休みに入った。普段は寮生活を送る、私たち生徒の過ごし方は様々だ。実家や田舎に帰省する人が多数だけれど、私となおくんのように実家が都内だったりすると特別長期間帰りもせず寮で過ごしたりもする。
私たち二人は先日、一泊だけおじいちゃんとおばあちゃんのお家に行ってきた。久々に会えて嬉しかったし、おじいちゃんもおばあちゃんも楽しそうに学校での話を聞いてくれて…すっごく楽しい時間を過ごすことが出来た。
…そんなこんなで、夏休み中はいつも賑やかな寮の中も、静かな時間が流れている。だからこうしてなおくんを誘って、度々外にお出掛けしているのだ。もちろん、夏休みの課題はちゃんと計画的に取り組んでいるから、遊んでばかりだと誤解はしないで欲しい。
「ていうかさ、洋服買うなら俺じゃなくても良かったんじゃない?蜂谷とか翔とかさ」
「えっ!それは…」
急に翔ちゃんの名前が出た事に、ドキッと心臓が大きく跳ねた。その理由は分かっている。
私が…自分の気持ちを知ってしまったからだ。
「ほ、ほら!優子は実家に帰省してるし、翔ちゃんは…いそ、忙しそうだったから!」
「ん?そうか?」
「そうそう!」
「んー?」と眉間に皺を寄せたなおくんに悟られないよう、私は鞄を持ち直して姿勢を正した。
「(なおくんに知られたら…色々と大変そうだもんね)」
あの過保護ななおくんのことだ。私の気持ちを知ったらどんな反応をするか分からない。だからなるべく、なるべく知られないようにしなければと決めたのだ。
それに今日は…こっそり、翔ちゃんとのお出掛けの日に着ていく洋服を見に来たのだ。だから当然、翔ちゃんと一緒に来る訳にはいかなかったんだよね。
だからこそ、本当は優子と一緒に来たかったけど、それは予定が合わなかったから仕方ない。よく服を買っている私のお気に入りのショップ。一通り店内を物色してから、一際目に止まったブラウスに手を伸ばす。ハンガーに掛けられているそれを身体に当てて「どうかな?」となおくんに話しかけながら鏡の前に立った。
「可愛いよ」
「ほんと!?」
「けどこっちの色の方が顔写り良いんじゃない?秋になってからも着れそうだし…一回試着してみたら?」
「……」
「え、何?」
私が選んだブラウスの色違いを取って、私の身体に同じように当てるなおくんに、口を開けてぽかんとしてしまった。そんな私の表情を見て、怪訝な顔をするなおくん。
今まで買い物に付き合ってもらうことは何度もあった。だけど、こんな反応は初めてな気がして…それがとにかく意外だった。
「あ…いや、すっごくまともなアドバイスしてくれるなって思って…」
「何だよそれ」
ビシッとツッコミを入れるなおくんはいつも通りのなおくんだ。意外…なんて失礼なこと言っちゃったけど、私の買い物に真剣に付き合ってくれるのは嬉しいんだよね。
迷った末、両方試着して最終的にはなおくんが勧めてくれた色のブラウスとスカートを購入。大満足の買い物が出来て、上機嫌でスキップしながらお店を出た。
「良い物が買えて良かったな」
「うん!なおくん本当にありがとう!喉渇かない?コーヒーでも奢るよ」
「よっしゃ、じゃあどこかカフェでも──」
「Excuse me?」
場所を移動しようとした私達は、後ろから掛けられた声に振り返って足を止めた。
そこに居たのは金髪で背の高い、綺麗な外国人の女性だった。わー…色も白くてモデルさんみたい…って、そうじゃなくて!
「(今、私たちに話し掛けた?)」
なおくんと目でそう会話をする横で、私たちが振り返って反応した事が嬉しかったのか、その女性は目を輝かせてずいっとこちらに近付いた。
「Oh!」
そしてペラペラと流暢(外国人だから当たり前なんだけど!)な英語で喋り出した。
片手には地図を広げてどこかを指差していて…なんとなく道に迷った様子だという事は推測出来た。けども!
「あーあ…い、いぇ、あいむのっとイングリッシュ…」
「What?」
「あーあ…えっと、のっとすぴーく…その、香織何とかしろ!」
「えええ!私だって分かんないよ!」
圧倒される私たちにお構い無しで、凄い圧力で喋る相手に為す術なくオロオロする私となおくん。
よ、よりによって私たちは二人揃って英語が苦手なのに!
「おー…そーりーそーりー!べりーテンキュー!バーイ!」
「何言ってんだよ訳分からないぞ香織!」
「だ、だってこうなったら逃げるしか…!」
だ、だめだ…目が回る!頭の中が聞き取れない英語とおかしな日本語訳でいっぱいだ…。
だけど、そんな時──
「Can I help you?」
私たちに、一つの影が近付いた。
藁にもすがる思いでその人物の顔を見て、
「「…え?」」
私となおくんは同時に固まった。
だって、それは…よく知った顔。
しょ、
翔ちゃんだ…。
目の前で、あの翔ちゃんが完璧に英語を話している…!?繰り広げられる会話とその事実に付いていけず、その場で間抜けな顔をして立ちすくむ私となおくん。それをよそに、外国人の女性は納得したように横断歩道を渡って颯爽と去っていった。
「な、んでお前…」
「しょ、翔ちゃん…英語得意だっけ…?」
「え?えっと、僕は…」
「薫〜!待たせてごめん!レジ混んでてさ…って、あれ?」
ただでさえ混乱している私たちの目の前にさらに追い打ちをかけるようにもう一人男の子が現れた。
「香織に直希じゃん!奇遇だな」
それは…それも、よく知っている顔。赤いヘアピンやカジュアルな私服まで、いつも見ているもの。
誰か、誰か私たちに説明して欲しい。
「「…ドッペルゲンガー?」」
何故か私たちの目の前には、二人分の、翔ちゃんの姿があった。
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