01
「かおちゃんね、大きくなったらママみたいなアイドルになる!」
「あらそう。香織は歌がとっても上手だからきっとなれるわ」
「うん!かおちゃん、お歌だいすきなの!」
──昔の夢を見た。
ずっと小さな頃から、アイドルとして、女優として働いていたお母さんのことを見ていた。
いつかお母さんみたいになりたいっていうのが私の小さな頃からの夢。
その夢を叶えるための第一歩を、私は今日から踏み出そうとしています。
「おじいちゃん、おばあちゃん、おはよう!」
「おはよう香織ちゃん」
「おはよう」
いつもお世話になっている、おじいちゃんとおばあちゃんに挨拶をする。
私のお父さんは有名なピアニストで、今ウィーンに単身赴任中。
お母さんが訳あって今家を離れているから、二人のもとでお世話になっていた。
そんなおじいちゃんとおばあちゃんとも、しばらく離れ離れになっちゃうけれど。
今日から学校の寮に入ることになるから、おじいちゃんとおばあちゃんとは中々会えなくなってしまう。二人はいつでもおいでって言って励ましてくれたけど、それでもやっぱり寂しかった。
「なおくんは?」
「一足先に学校へ行ったわよー。入学式で挨拶するから打ち合わせですって」
なおくん、本名水谷直希は私の双子のお兄ちゃんのこと。
昔から私よりずっと音楽の才能があって、真面目でしっかりしてて。とっても頼れる存在。
そういえば昨日新入生代表で挨拶をするって言ってたなぁ。すごいなぁ、さすがなおくんだな、とそんなことを考えながら朝食のパンをかじった。
「それじゃあおばあちゃん、行ってきます!」
「気を付けて行ってきてね」
玄関口まで見送りに来てくれたおばあちゃんに手を振ると、おばあちゃんは優しく微笑んで振り返してくれた。
「香織ちゃん」
「なぁに、おばあちゃん」
「お父さんが反対しているとしても、私達とお母さんは香織ちゃんの夢を応援してるからね」
「…うん、ありがとう!」
そう、私は今日からアイドルを目指すための学校、早乙女学園の生徒です!
─────
もともと都心に住んでいたから今から電車に乗っても、十分に間に合う時間。
着替えとか、大きい荷物は先に部屋に運んでくれるみたい。…うん、さすが早乙女学園!
真新しい制服を着てぎゅうぎゅう詰めの電車に乗る。
スーツのサラリーマン、制服の学生…
これからは寮に入るから、この通学ラッシュは今日だけの我慢だ、と思いつつもやっぱり辛いっ…!
ガタンゴトン、と音を立てる電車の中で必死に姿勢を保つ。
あと二駅ほどで到着する─…という所で、
明らかに太股に感じる違和感に、思わず身震いがした。
「(やだっ…痴漢なんて本当にいるのっ…?)」
さわさわとお尻を触るその手が気持ち悪くて仕方がない。声を出して助けを求めなきゃ…と思っても、喉から声が全く出ない。
どうしよう、怖い…
どうしてこの電車に乗ってしまったのだろう──そんな後悔が頭を過ぎった。
そんな事を考えている内にも、その男の手はどんどん進み、ついにスカートの中にまで達してしまった。
「ぃ…っや、」
「おっさん何してんの」
がやがやする車内でもはっきり聞こえる声、それが聞こえたと同時に、スカートの中の手の感覚がなくなった。
人がいっぱいいて後ろを見ることが出来ない。そうこうしている内に目の前のドアが開いた。どうやら降りる駅に着いたみたい。
「こらっ、やめろ…!糞ガキがっ、」
「駅員サーン!この人痴漢でーす」
「痛っ!この…」
助けてくれたと思われるのは、制服を着て帽子を被った同い年くらいの男の子だった。
痴漢のおじさんの腕を捻りあげて男の子が大きな声を挙げると、騒ぎを聞きつけた駅員さんが駆けつけてくれて、おじさんを連行していった。
「おーし!朝から大変だったな、大丈夫か?」
「はい…助けてくださってありがとうございます」
「いっ…良いって良いって!男として当然のことををしたまでだ!じゃな!」
あ…行っちゃった…。
その男の子は帽子を手で抑えながら、慌ただしく改札の方へと走って行った。
もっとちゃんとお礼したかったのになぁ。
…よく見れば、早乙女学園の制服を着てたかも。
また、何処かで会えるかな。会えると良いな。
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