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翔ちゃんと別れて、私は一人ホテル棟の廊下を歩く。暗い廊下を歩くのはちょっと怖いけど仕方ないよね。時刻はすでに23時を過ぎていて…特別に先生に許可をもらっているとはいえ消灯時間はとっくに過ぎてしまっている。


合宿のホテルは4人部屋だ。私は優子、春ちゃん、友ちゃんと同じ部屋になった。ここ何日かは夜のガールズトークを楽しむ余裕もなかったな、せっかくの合宿なのに残念だ。




「ただいまー…」


恐らくみんなも寝ているだろうと思い、そっと扉を開けた。だけど予想外に明かりが点いていて、3人ともパジャマ姿のまま起きてくれていて。


「香織ちゃん!お疲れ様です!」
「香織、遅いわよ。ずっと待ってたんだから」
「み、みんな…どうして…!」
「夜は女子トークしなきゃ寝られないでしょ!ほら早く着替えておいで!」


慌てて部屋のドアを閉めて、みんなが座り込むベッドまで駆け寄る。温かく迎え入れてくれたみんなの優しさに泣きそうになって、こっそり鼻を啜った。急いでお風呂に入って着替え、髪もろくに乾かさずに優子の隣にダイブした。


「優子〜…!」
「はいはい、大変だったわね。何となく話はチビに聞いたわよ」
「チビじゃないもん、翔ちゃんだもん」
「そういえば香織ちゃん、翔くんと仲が良いですよね」
「そうそう!アタシもそれ思った!なんかちょっと良い雰囲気じゃない〜?」


フェイスパックをしたままの友ちゃんが私に詰め寄る。仲が良いのは確かにそうだと思う。翔ちゃんの事は大好きだ、けどそれはなおくんやみんなに対して抱く感情と同じもので。

そう、ありのままに3人に伝えると…揃ってぽかんとした後、顔を見合せた。



「え?ちょ…何でそんなに反応するの!?」
「だって香織が…ねぇ優子」
「香織、本当に自分の気持ちに気が付いてないの?」


優子が驚いたように言う。春ちゃんと友ちゃんも私の返答を待ってるようだけど、何と答えたら良いか分からない。



自分の気持ち?自分の気持ちってなんだろう。一人で悶々としてしまう。

翔ちゃんに対する気持ち?それは友情で親愛で…それ以外に何があると言うのだろうか。私が何も言えずしばらくの沈黙が続く。それを破ったのは優子だった。



「まぁそれも、ある意味香織らしいか…」
「そ、そうなの?」
「…まぁ良いわ、話題変えましょ!ね、春歌」
「わ、私?」
「一ノ瀬さんと水谷兄、どっちが本命なの?」
「と、トモちゃん!一体何の話!?」


友ちゃんの発言にまたもや驚く私。春ちゃんは顔を赤くして顔の前で両手を思い切り振っている。



「あぁでも、私も思った。水谷と仲良いわよね、最近」
「え!?春ちゃんてなおくんとそんなに良い感じなの!?」
「ち、違います!確かに、作曲の授業で分からないところを教えてもらったり、ノートを貸してもらったりは…してるけど…でもそういうんじゃ…!」
「一ノ瀬さんは?ペアに誘ったのは向こうからでしょ?」
「そ、そうだけど…でもそれだけです!」


顔を真っ赤にして弁解する春ちゃんが可愛くて、私は何故かお姉ちゃんのような、お母さんのような…何とも言えない気持ちになる。あたふたする春ちゃんの両手をぎゅって握って、顔をぐいっと近づけた。


「春ちゃん」
「香織ちゃん…」
「結婚相手ならなおくんはオススメしないよ。ああ見えて家事はほとんどやらないし偏食だし…春ちゃん将来絶対苦労するから!」
「は、話が飛躍してますぅ…!」
「香織、その辺にしといてあげなさい」


優子に肩を叩かれて、春ちゃんの手をぱっと離した。なんだぁ、特に何も無いのかぁ、残念。




それからは友ちゃんや優子の恋愛武勇伝で盛り上がり、私達はずっとお喋りをしていた。くだらない話をたくさんして、時間を忘れてたくさん笑った。


悩んでも壁にぶつかっても、私にはこうして帰る場所がある。翔ちゃんやなおくん、優子やみんながいるから──どんなことでも乗り越えられる、そして明日からはきっともっと前向きに頑張れる、そう確信して私は眠りについた。







そして、ついに──合宿は5日目、後半戦へと突入し、いよいよグループダンスの発表の時がやってきた。



「ではAグループからだ、始め!」


最初の立ち位置につき、目を閉じて大きく深呼吸をする。大丈夫…昨日あれだけ練習したんだから。私ならきっと出来る。


自分の力を信じよう──!
そう決意して、イントロが鳴ると同時に顔を上げた。



「香織…!」
「昨日までとはまるで別人ですね」
「うん、自信が顔に表れているよ」


頭で考えるより先に身体が動くとはまさにこのことだ。何より動きがスムーズだと心に余裕が出来て…


「(すごく楽しい!)」



曲が終わるとパチパチと大きな拍手が鳴り響いた。手を叩く日向先生、それから隣に立つ講師の先生とも目が合って…先生は笑って親指を立ててグーサインを出してくれた。

良かった!上手く、出来たんだ…!



「水谷さん」
「その…昨日は言い過ぎてごめんな」
「正直、見直したわ。ありがとう」


踊り終わって呼吸を整え汗を拭く私に、申し訳なさそうに話しかけるグループのみんな。


「ううん、私の方こそ迷惑かけてごめんね」


そう頭を下げると、みんなはもう一度謝ってくれた。お互いにペコペコして変な雰囲気になって、吹き出すように笑う。その様子を──微笑んでじっと見つめる翔ちゃんの視線には、私は気付かなかった。





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