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「出来ない部分はフォローするのがチームだろ!?香織一人を責めるんじゃねぇよ!」
「だからっ…来栖には関係ないって言ってんだろ!」
「みんなっ…やめて…!」
合宿4日目のダンスレッスンで、それは起こった。難易度の高いダンスについていけず、一人だけ振付が出来ない私に突き刺さったのは、同じグループになった子たちの視線だった。
明日にはグループで成果を披露することになっている。迷惑はかけられない…!そう思う度に気持ちが焦り、身体が思うように動かなくなる。
「翔ちゃん、止めて!お願い…」
「香織…」
「私なら、大丈夫だから…」
私が同じグループになったみんなに嫌味を言われてしまっている時、その男の子に掴みかかったのは、翔ちゃんだった。きっと私のために怒ってくれたんだと思う。けど、このままだと翔ちゃんまで悪者にされちゃう、それだけは嫌だったの。
私が、私が不甲斐ないからなのに。
震える手で翔ちゃんのジャージの裾を掴む。だけど顔を上げることは出来なかった。こんな情けない顔を、翔ちゃんやみんなに見せたくはなかった。
「…ダンスの授業は終わりだ。明日の披露までに形にはしておけ。ダンスだけじゃない、他の課題や授業もあることは忘れんなよ」
「……」
「水谷、振りで分からない所があれば早めに聞きに来い」
「わかりました…」
先生の解散の合図で、ゾロゾロと生徒がレッスン室を出ていく。私達のグループはしばらく無言でその場に立ちすくんでいたけど、私が「ごめんなさい」と言うと他のみんなが小さく溜息をつく気配がした。
「…俺も言い過ぎたよ。だけど足を引っ張られるのはごめんだ」
「私達、全員プロのアイドルを目指してるの。水谷さんは歌で点数を稼いでるかもしれないけど…レベルを合わせている余裕は無いわ」
「分かってる、私が全部悪いから…」
「明日、披露前に一時間だけグループ練習をしよう。悪いけどそれまでは各自で調整ってことで」
それじゃ、とみんながレッスン室を後にしてからも私はその場を動けずにいた。
身体が思うように動かせないもどかしさ、自分だけが出来ない情けなさ。みんなが練習に付き合ってくれる気はないのだという現実、色々な感情がぐちゃぐちゃになった。
堪えようとしていた涙が、頬を伝った。ジャージの袖でゴシゴシと擦って、鼻を啜る。
「早く行かなきゃ」
授業が始まっちゃう。私は重い足取りで一人レッスン室を出た。すると出口のすぐ近くに、壁に寄りかかる翔ちゃんの姿があって、ドキリと胸が鳴る。
私はすぐさま翔ちゃんから目を逸らした。…なんとなく、今の情けない姿を翔ちゃんに見られるのが恥ずかしくて。
「翔ちゃん…」
「香織、一緒に次の授業行こうぜ!」
何事も無かったかのように翔ちゃんは明るく笑った。それが翔ちゃんの優しさなんだって…少し考えれば分かるはずなのに、私はすぐに返事をすることが出来ない。
「……」
「香織?」
「ご、ごめん…着替えてから行くから」
「そんなの待ってるよ。レンとトキヤは先行ったけどさ、席確保してくれるって言ってたから」
だってだって、みんなは出来てるじゃない。だからそんなに余裕なんだよ。
私は、みんなとは違う。
そう──嫌な感情ばかりが心を巡った。
「翔ちゃんには、わかんないよ」
ぽつりと零れた私の言葉に、翔ちゃんは目を大きく開いた。私がこんなことを言うなんて、と驚いているみたいだった。
「ごめん、授業にはちゃんと行くから」
私は翔ちゃんにそれだけ告げ、逃げるようにその場を後にした。後ろを振り返ることは、出来なかったの。
自分が惨めで、翔ちゃんやみんなが眩しくて──ここまでの劣等感、今まで感じたことはなかった。
それからアイドルコースの学科の授業が行われ、いつも通り私はその授業を受けた。いつも隣にいる翔ちゃんや、一ノ瀬くん、レンくんとはあえて離れた席に一人で座った。コソコソと周りが何か言っている気がしたけど、それを気にしている余裕もなかったんだ。
───
──
「…って訳だからここは…香織?」
「……」
「香織?私の話聞いてる?」
「ご、ごめん!えっと…もう一回良い?」
優子の声で我に返った私は、慌てて姿勢を正して座り直した。今日の授業も終わり、今はペア課題の為の自主練習時間。優子が施してくれたアレンジに乗せて課題曲を練習していたところだ。
それなのに私といえば、考えごとばかり。こんなんじゃ、優子にも失礼だ。
「香織」
「ご、ごめんなさい…」
「良いわ。ペア課題はもう大丈夫でしょう、これで練習は終わりにしましょ」
優子からの意外な提案に、私は驚く。呆れて、怒らせてしまったのかと思い焦るけど、優子は怒った様子は無く優しく笑ってくれた。
「ダンス、つまづいてるんでしょ?少し練習してきたらどう?」
「けっ…けど…!ペア課題は…」
「私が大丈夫って言ってるんだからバッチリって事よ。少しは信用して」
ペアなんだから、と言う優子の温かさに泣きそうになるのを必死に堪えた。ペアである優子にまで迷惑をかけて、私は一体何をしてるんだろう。自分が情けなくなる。
「ありがとう優子…ごめんね」
「謝らないで。それから無理はしないこと」
「うん…そうだね」
それから私は日向先生の元を訪れ、特別に練習室を一室借りた。朝まで使って良いと許可をくれ、講師の先生のダンス映像も貸してくれた日向先生に頭を下げる。
そして──ひとりきりの練習室、ジャージにもう一度着替えた私は、黒のヘアゴムで髪の毛をポニーテールに縛った。
「…よし」
映像を確認しながら、一人でダンスを覚える、孤独な時間だけど、やるしかない。
このままではいけないということは、私自身が一番良く、分かっていた。
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