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「えっ?香織が居残り!?」
「それ、大丈夫なの?」


すでに作曲家コースの授業を終えた直希と蜂谷と合流して、俺達は食堂で夕食の時間を過ごしていた。

バキバキに踊ったせいで腹は減っているはずなのに箸があまり進まない。いつも隣で笑っている香織の姿は、そこにはなかった。


「オレたちも合格するまで待っていようと思ってたんだけどさ…」
「日向先生に、先に帰るように言われちまった」

何時に終わるか分からないからって…日向先生の言葉を思い出して、何とも言えない気持ちになった。名前を呼ばれず、ずっと踊り続ける香織に声をかけることも出来ないまま、俺達はレッスン室を後にした。食堂の時計を見ると夜の9時。まだ来ないってことは香織は多分、まだレッスン中なのだろう。


「そっか…確かに香織、ダンス苦手って言ってたわね」
「うーん…まぁ昔から翔とかみたいに運動神経が良かった訳じゃないから」
「香織…大丈夫かな」
「心配していても仕方ないでしょう。私達も部屋に戻りましょう、食堂も閉まりますよ」
「トキヤ冷てぇな。香織が心配じゃないのか?」


トレーを持って先に席を立ったトキヤは表情を崩さない。トキヤだってさっきは心配そうな様子だったってのに、香織のこと。
唇を尖らせる俺にちらりと目をやったトキヤは小さく溜息を吐いた。


「忘れたのですか?私達はプロデビューを目指すライバル同士なのですよ?他人の心配ばかりしている余裕はありません」
「そりゃ、そうかもしれないけどさ…」
「それに、彼女なら…いずれ乗り越えるでしょう。では、先に部屋に戻ります」


颯爽と去っていくトキヤの後ろ姿。なんだかんだ言って、あいつは香織を信じてるってことか…素直じゃねぇなトキヤも。

遠くから「そろそろ閉めるよー」という食堂のおばちゃんの声が聞こえ、席に残された俺達は重い腰を上げた。




「香織には何か食べれそうな物を部屋に持っていくわ。帰ってきたら連絡入れるから」
「…あぁ。そうだな──」
「…香織!」


レッスン室や食堂がある宴会棟から、宿泊をしているホテル棟へ向かう廊下を歩いていると、突然直希が声を上げた。正面から歩いて来たのはジャージ姿の香織だった。額には汗が滲んでいて…ついさっきまでレッスンが続いていた事が見て取れた。


「なおくん、翔ちゃん…みんな…」
「香織!心配してたんだぞ。合格出来たか?」


俺の問いに香織は少し俯いて黙りこくった。嫌な予感がしたのも束の間、香織は顔を上げて苦しそうに笑った。



「最後まで…合格貰えなかったの。けどもう時間だからって…」
「香織…」
「あ、でも全然大丈夫!また明日から頑張るから!…着替えてこなくちゃ、またね!」


やたら明るく笑った香織は足早にパタパタと去っていく。無理矢理笑って、強がっているのはすぐ分かった。一人だけ何時間も居残りさせられて…心が折れない訳ないだろう。香織は俺達に心配かけたくないから明るく振舞っているんだろうけど…。



「行こうか」
「レン、けどさ…」
「今日はそっとしておいてあげよう。明日もレッスンだし、ね?」
「…分かったよ」


先へと歩くレンと直希、蜂谷を追いかけながらも俺は、こっそり後ろを振り返って走っていく香織の後ろ姿を見つめていた。


本当に、大丈夫かな。

そんな俺の不安は、




「今日のダンスレッスンは少人数のグループに分かれ、1曲仕上げてもらう。明日には成果の披露をしてもらうから真剣に取り組め!」


翌日的中してしまうことになる。








「よし!一旦休憩だ」
「はぁ…相変わらず、すげぇ難しい振付だな」
「だね。昨日より更に難易度が上がってる」


同じグループになったレンがタオルで汗を吹く横で、俺はペットボトルの水を一気に喉に流し込んだ。レッスン中は自分のことで手一杯だが、休憩に入るとどうしても気になるのは香織のことだ。


ちょうど隣にいたグループの輪の中に香織が見えた。膝に手を着いた状態で激しく呼吸を繰り返す香織。その顔は、いつもより強ばっている。


まずい、やっぱりついていけてないんじゃ──



「香織…!」
「休憩終わりだ!レッスンを再開するぞ!」

話しかけようとした所で、練習再開の合図がされてしまった。ぞろぞろと移動する生徒の中で、香織は重い足取りで自分のポジションに向かっていた。ちくしょう、同じグループなら幾らでもフォロー出来んのに…!


「おチビちゃん、まずは自分のことだよ」
「…分かってるよ!」

レンまでトキヤみたいな事を言い出した。分かってる、分かってるけどさ…心配なものは心配なんだよ。


音楽に合わせて振付を習得していく俺達。ある程度振付が身についた所でグループごとの自主練習時間になり、俺達のグループは細かい立ち位置の修正などをしていた。


しかし──


「水谷さん!またそこ間違ってるんだけど!」
「ご、めんなさい…」
「はぁ…まだAメロだぞ?こんなんじゃ最後まで終わんねぇよ」

大声を上げた生徒の声で、レッスン室に居る生徒が一斉にそこのグループを注目する。そして、肩を落として俯いている香織…。
俺はその姿を見ていてもたってもいられなくて──


「オイお前ら!そんな言い方しなくて良いだろ!?」
「何だよ来栖!お前には関係ないだろ!?」
「ほらそこ!喧嘩するんじゃない、授業中だぞ!」


日向先生に止められても怒りは収まらない。どんな時でもいつも明るく笑ってくれる香織の表情がその時ばかりは苦しそうに歪んでいて、俺はどうしようもなく胸が痛くなった。






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