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「水谷くん!私、ペアに立候補しても良い?」
「私も私もー!」


オリエンテーションが終わり、食堂へ向かう道すがら早速女の子に声をかけられるなおくん。もう何人目か分からない、もちろん女の子だけじゃなく男の子も何人も。さすがなおくん、作曲家コースの中での競争率は一番なんだろう。


「あー…分かった。明日まで考えさせてもらって良い?」
「うん、よろしくね!あ、これレコーディングテストの音源だから!」
「良い返事待ってるねー!」


きゃっきゃっと高い声を上げながら走り去っていく女の子たち。当のなおくんはCDを持ちながら頭を小さく掻いた。


「モテモテだねなおくん」
「今の二人に関しては名前も知らねーよ…」
「可愛らしいレディだったじゃないか。前向きに検討したら?」

レンくんが心底楽しそうにそう言うけど、なおくんは首を横に振った。どうやらミーハーな女の子の態度が引っ掛かったようだ。


「開口一番に断る訳にもいかないからさ。まぁでも…歌くらいは聞いてみるか」
「明日までだから時間も限られてるしね。ね、翔ちゃん」
「……」
「翔ちゃん?」
「ん?あ、あぁ…そうだな」


何か考え事をしていた翔ちゃんの様子が少し気になったけど。翔ちゃんはすぐにいつもの翔ちゃんに戻って「早くメシ行こうぜー!」と先の方向を指さした。





──


「(翔ちゃんは誰と組むんだろ)」


ペアが決まったら本格的に卒業オーディションに向けて動き出す。ここが大事な分岐点だ!周りの様子も気になるけど、まずは自分の事に集中しなくちゃ。


合宿らしからぬ豪華なランチに手を伸ばし、もぐもぐと口を動かす。うん!美味しい!頑張るためにもまずはしっかり食べなくちゃね。


「直希は組みたいと思ってる子はいないの?」
「んー…」


レンくんの言葉になおくんは一度フォークを置いた。質問の答えが気になるのか、翔ちゃんと一ノ瀬くんもなおくんに視線を移す。



「俺達作曲家コースの生徒は、基本自分から声は掛けないからさ」
「え!?そうなのか?」
「それが暗黙の了解。主役はアイドルだろ?だから主導権も当然、お前らアイドルって訳。俺達作曲家はあくまで裏方だから」
「そ、そうなんだ…」
「だからまぁ、声を掛けてくれた顔ぶれの中から選ぶよ」


そう言ってなおくんはまた手を動かした。周りの生徒から聞こえる声もペアの話ばかり。目の前の翔ちゃんもレンくんも一ノ瀬くんも、みんなどこか落ち着かない様子だった。



「この後は少し自由時間でしたね」
「まぁ実質、ペア決めの時間に当てろって事だよなー」
「ごちそうさま!」


最後にスープを喉に流し込んで、私は勢い良く席を立った。私にしてはかなりの早食いに、みんな驚いている。



「香織どうした?今日なんか早くねぇか?」
「うん!今すぐ行ってくる!」
「行ってくるって…何処へですか?」


みんなの顔を見て私はニッと笑った。


分かってる。一番落ち着いていないのはこの私だ。だって今…すごく気持ちが高ぶっていて、やる気に満ち溢れていて。



「私、組みたい相手決まってるの!」


そう、みんなに宣言して私は駆け足で食堂を後にした。








「直希」
「……」
「あまり落ち込まないでよ。香織だって独り立ちが必要なんだからさ」
「別に落ち込んでなんか、ない」
「素直じゃありませんね」
「……」
「いっ…!食事中ですよ!足を蹴らない!」






───


合宿はホテル1棟を丸々貸し切って行われている。つまり、かなり広いのだ。何処にいるんだろう…食堂では見かけなかった探し人を求めて、私はホテルのロビーを練り歩く。


ロビーの中でも一際目立つ、大きな窓に気が付いた。その窓越しにホテルの中庭が見える。中庭の中央には大きな噴水が設置されていて──そこの塀に腰掛ける人影が見えた。

その姿を確認して、私はその場所まで駆け足で向かった。





「優子!」


大きく名前を呼ぶと、優子は少し驚いた顔をして私を見た。その場に立ち上がった優子の元まで辿り着いた私は、膝に手をついて呼吸を整える。



「香織…どうしたの?」
「うんっ…優子に話があって」
「話?」
「単刀直入に言うね」


ようやく息も整って落ち着いたところで、私はばっと顔を上げて姿勢を正した。そして優子の目を見つめながら、もう一度息を吸う。




「私と、ペアを組んで下さい!」
「香織…」
「私ね、優子のバンドで歌ったあの日からずっと胸がドキドキしてたの。あんな高揚感初めてで…すっごく楽しくて。なおくんの曲を歌う時とはまた違うワクワクが止まらなくて…優子の曲、もっと歌いたいって思った!」



気持ちをたくさん込めて、私は優子にそう言った。私の言葉を聞いた優子の表情は、意外にも不安そうなものだった。いつもはあまり見ない、表情。

私がじっと待っていると、しばらくしてから視線を横に逸らしながら口を開いてくれた。


「…私、圧倒されたわ。さっきの、香織達のパフォーマンス」
「うん…」
「あなたの兄貴みたいに、香織を活かせる曲を書けるか…自信がないのよ」
「うん」


優子の気持ちを、私はただ受け止めたかった。こんなに素直に話してくれる優子は珍しいと思った。そして優子が、もう一度私の顔を見る。



「それでも香織は、私と組みたいの?」



私は視線を合わせながら大きく頷いた。


「優子が良い。優子じゃなきゃ嫌なの!」

しばらくの沈黙の後、優子が小さく笑った。そして腕を組んで、肩をすくめた。


「…すごい熱意ね。負けたわ」
「え?」
「良いわよ、ペア。やるからには優勝させるから」
「ほんと!?」


気持ちがぱぁっと明るくなり、興奮気味に優子に詰め寄った。うん、ともう一度頷いてくれた優子に飛びついて。



「改めてよろしくね、優子!頑張ろう!」
「こちらこそ。頑張りましょ」


晴れた夏空の下…私と優子は、オーディションで優勝する事を互いに誓い合ったのだった。




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