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「優子…?」

翔ちゃんと一緒に向かった、優子のバンドの控え室。そこには何故か頭を抱える優子がいて、それにバンドメンバーと思われる女の子も一人しかいない。
その状況に翔ちゃんと顔を見合わせる。

どうやら何かあったようだ。本番前に、なんだろう。



「…あぁ、香織。チビも来てくれてありがとう」
「チビ言うな!ほら、差し入れ」
「優子、何かあったの?」


ありがとう、と言って差し入れを受け取った優子の表情はどこか冴えない。いつもとは違い、余裕のない様子が優子らしくなくて、私も不安を覚える。すると優子は小さく溜息をついた。


「実はね、バンドのメンバーが3人体調不良で…今日来られなくなったのよ」
「えっ!3人も…?」
「うん。季節外れのインフルエンザですって」


優子のバンドは5人組だと聞いていた。そっか…だから今、ここに2人しか居ないんだ。どうしよう、他人事とは思えないよ。せっかく、今日のためにみんなで練習も頑張って来ただろうに…
何も言えないでいる私と翔ちゃん。小さな楽屋で、バンド仲間の女の子がぽつりと呟いた。


「優子と私2人じゃどうにもならないし…もう辞退しようかって相談してたの」
「欠けてるメンバーの担当は?」
「ボーカル、ギター、キーボードの3人。私のベースと優子のドラムだけじゃ…ね」
「まじかよ……」


生で演奏し歌を乗せるバンドは、一人欠けただけでも音楽そのものが変わってしまう。それにボーカルがいないのは…まさに致命的だ。



「先輩の顔に泥を塗るわけにいかないし…はぁ、どうしよ」


困り果てた様子の2人。翔ちゃんも何か打開策を考えようとうーん、と一緒に唸っている。
私は咄嗟に壁にかけてある時計を確認した。うん、開演まではまだ時間はかなりある。


「優子、今日やるのは何曲?」
「3曲だけど…カバーが2曲とオリジナルが1曲」
「譜面見せてもらってもいいかな?…うん、この曲なら知ってる。いける」
「オイ!香織まさか……!」

慌てふためく翔ちゃんに、私はうん、と頷いた。そして2人の方に向き直る。


「私、ボーカルやる」
「香織…」
「香織、さすがに無理だろ!?確かにまだ1時間以上時間はあるけどよ、いきなり3曲なんて…」

翔ちゃんの言うことは最もだ。即興で演奏に参加したとしてクオリティを保てるとは到底思えない。


それでも、


「優子の力になりたいの」
「……」
「翔ちゃんお願い。やらせて」


まっすぐ、翔ちゃんを見据えると翔ちゃんは心配そうに眉を下げた。私は二人に向かってよろしくお願いします、と頭を下げた。


無理に参加してかえって迷惑をかけるかもしれない、上手く出来る保証なんて無い。
だけど何もせずに、このまま見ているだけなんて嫌。私の決意を汲み取ってくれた優子は、小さな声で

「…ありがとう、香織」
と答えてくれた。




「…だー!分かった!俺も手伝うよ!」
「えっ」
「1曲俺が歌えば、練習にかけられる時間も増えるだろ?幸い、こっちの曲ならキーが低めだし、俺でも歌える!」


テーブルに置いてあった楽譜をバッと掴んで、翔ちゃんが言う。確かに、少しでも練習の時間を長く取るなら得策かもしれない。でも、それじゃ翔ちゃんにも迷惑かけちゃう…なんて思い眉を下げてると、翔ちゃんは「何だよ今更」とぽんと頭を撫でてくれた。



「オリジナルの方は──AメロとBメロで覚えるパートを分けるか。サビは二人で歌って…俺が適当にハモリを入れてみて…」
「ありがとう…こっちの曲は前に録音したデモがあるからそれを参考にしてもらっていい?」
「サンキュ蜂谷。んで後は──」
「ギターとキーボードの欠員…だよね。けど弾ける人なんてそんなすぐには…」


バンドメンバーの女の子の言葉に私と翔ちゃんは二人で顔を見合わせた。



「…心当たりが」
「あると言えばあるけど…」










───

「やっほー!来ちゃったよー!」


ドアが開いて、元気の良い声が楽屋に響いた。
ギターを背中にかけて片手を挙げた一十木くんと、物珍しそうに辺りを見渡す聖川くん。


立ち上がって二人を出迎える。今日は学校が休みということもあって、ダメ元で連絡をしてみたら、なんと二人とも来てくれたのだ。


「一十木くん、聖川くん!来てくれてありがとう」
「本当にごめん。恩に着るわ」
「困った時はお互い様だ。俺達で力になれれば良いのだが…」
「うんうん!それに即席バンドとか超楽しそうだし!」


両手でガッツポーズをした一十木くんはありがたいことにワクワクしてくれているようで、早く練習しよ!と言ってギターを肩から下げた。


それを皮切りに、私達はそれぞれ個人練習に取りかかった。練習の時間は限られている──あとは時間との勝負だ。



少しの個人練習の後、すぐに合わせに入る。


「いくわよー!1、2、3、4──」


優子の合図で、私は大きく息を吸った。
重なるギターとドラム、ベースにキーボードの音。ワンコーラスのその音楽が、即興だけど一応形にはなってきた。



「ここさ、少し余裕あるからギターのパートアレンジ加えても良い?」
「そうね…うん、大丈夫よ」
「譜面は本番でも置いたままで構わないだろうか」
「もちろん」
「おい香織…ここなんだけどもう少しこうした方が──」
「うん!じゃあ修正しよ!」
「すみません!スタンバイお願いしますー!」
「げ!もう時間かよ!」


楽屋に入ってきたライブスタッフの声に、緊張感がさらに高まる。
大きく深呼吸してから、私は頬を軽く叩いて気合を入れた。



「よし!それじゃあみんな、行こう!」



即席バンドの演奏……どうなるんだろう。

不安を抱きながらも笑って返事をしてくれるみんなの顔を見て、また安心する。


よし、絶対に良いステージにしなくちゃ!






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