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レコーディングルームのマイクの前に立つ。
周りはざわついていて、嘲笑う声も聞こえれば、心配する声も聞こえる。


「水谷、どうする?やっぱり辞退するか?」
「いえ、やります」


しばらくしても動かない私を心配してか、日向先生の声が聞こえた。
周りの音を全て遮断するようにヘッドフォンをつけて、目を瞑り集中力を高めた。




「龍也、彼女達CDの提出は?」
「事前の提出はない」
「え、それじゃ…」
「あぁ、」


大丈夫、練習通りに歌えば。

バックに曲がなくても、音は全部取れる。


ひとつ深呼吸をした。
そして一つ一つ音を紡ぐように、


「まさか、アカペラで歌う気か?」
「香織…」


メロディを奏でる。


音楽も流れない静かな空間。人がこんなに見ている中でアカペラで歌うのは初めてだ。


目を瞑りながら一つ一つ、丁寧に…でも流れるように。
梅澤くんの書いた曲が、ここにいる全員に伝わるように、私は出来る限り心を込めて歌った。







ワンコーラス歌い終わったところで、大きく息を吐く。心臓の音は鳴り止まなくて、自分が思っていた以上に緊張していたみたいだ。周りは変わらず、静まり返っている。


ヘッドフォンを取ったところで、パチパチと大きく手を叩く音が聞こえた。驚いて音のする方を確認すると、手を叩いているのは翔ちゃんだった。


その音に釣られて、他の生徒達も拍手をしてくれた。予想外の反応にびっくりして、つい周りをきょろきょろしてしまう。笑顔で拍手を送ってくれるみんなの方を向いて、とりあえず一礼した。


パタパタとレコーディングルームを出ていく時に、二人の先生と目が合った。先生達も小さく手を叩いていて。その様子を見て心からほっとした。

 


「良かったぞ香織!」

笑顔で迎えてくれる翔ちゃん。
その横に立つなおくんともすぐに目が合う。

今日あった出来事については、なおくんには黙っててもらうよう翔ちゃんにお願いした。
これ以上なおくんには心配をかけたくなかった。


「なおくん、心配かけてごめんなさい」
「本当にな、どうなる事かと思ったよ」


なおくんはふっと笑って、その後私と入れ違うようにレコーディングルームへ向かう。すれ違いざまに頭をぽん、と叩かれた。





「よく頑張ったな」


その優しい言葉と温かい手に、涙が零れそうになった。叩かれた頭を両手で押さえて、必死に堪えた。


「じゃあ次が最後だな…一ノ瀬・水谷直希ペア、入れ」


「香織の歌聞いてビビった?」
「いえ、問題ありません」
「よし、そうこなくちゃな」


自信に満ち溢れた二人の背中を見送る。


一ノ瀬くんがヘッドフォンをつけて準備をする。どの生徒も彼の歌と、あとなおくんの曲に注目しているみたいで──じっと固唾を飲んで一ノ瀬くんの歌を待っていた。

HAYATOの歌は聴いているし、よく知っている。けれど一ノ瀬くんの歌はちゃんと聴いたことはなかった。


一ノ瀬くんとなおくんが目を合わせて、なおくんが小さく頷いて、そして曲をかけた。


どんな曲が来るのかと、ドキドキしながらイントロを待っていたら───




「…っ!?」
「な、んだよコレ…」


流れてきたのはアップテンポの激しい楽曲。一ノ瀬くんの柔らかいイメージとは全く違う。彼の内に秘めた、情熱を全面に出したような…そんな曲だった。



「すげぇカッコイイけど、激しいな…何だこれ、パンク?」
「ジャンルとしてはデジタルロックね…悔しいけど完成度が高すぎるわ…歌も、曲も」


翔ちゃんと優子が口々にそう言う。
様子を見守る先生も驚いているようだった。



「…すごいわね、彼の歌」
「あぁレベルは高いと思っていたが…」

周りの生徒はみんな呆然とした顔で歌を聴いている。一ノ瀬くんの歌に、一気に引き込まれてしまっているようだった。

それにやっぱり、なおくんの作る曲は、すごい。



「だからって最初のテストでこんな難しい曲歌わせるか普通!?」


今回のなおくんは本気だ。イントロを聴いただけで、分かる。
なおくんの本気を一ノ瀬くんが引き出したんだって思ったら、ぞくっと背筋が震えた。







───


「この曲ですか、」
「難しかったら譜面直すよ」
「いえ、大丈夫です」


直希から出来上がった曲を貰った時の事を思い出す。自分が今まで歌ったことのないジャンル──それにHAYATOのイメージとは真逆だ。それがわざとなのかとさえ思った。



「何かある?」
「いえ、最初のテストなので王道路線の曲で行くのかと」
「最初だからこそだよ。他の奴らと差をつけたい、一ノ瀬だって本当はそう思ってるだろ?」


直希は楽しそうに笑ってそう言った。
まるで自分の考えが全て見透かされているようだった。期待以上の出来のその譜面を見ていると、また武者震いがする。


「やっぱり、インパクト残さないと」





全て歌い終わったところで、ヘッドフォンを外す。周りの歓声と大きな拍手に、胸が更に高鳴った。ここまで達成感を味わったのはいつぶりだろうか。


レコーディングルームを出た所で、腕を組んでこちらの様子を見ていた直希と目が合う。



「ナイストキヤ!」


笑って腕を高く上げた直希に、自分も小さく笑いながら手を上げる。
部屋に大きくハイタッチの音が響いた。





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