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「うん、良い感じ。これでテストは大丈夫そうだね」
「ありがとう!梅澤くんの曲が良いからだよ!」
梅澤くんが私に作ってくれたのは、ピアノの伴奏が美しい王道なバラードソングだった。
なおくんが作った曲以外の歌を歌うというのはすごく新鮮で。それに作ってくれた楽曲も素敵なものだった。さすが早乙女学園はレベルが高いなぁって改めて実感した。
「水谷さん、すごく女の子らしく可愛く歌うね」
「え、そ…そうかな」
私に歌を教えてくれたのはお母さんだ。
もしかしたら、お母さんの歌の癖だとかが染み付いているのかも。なおくんにも似たようなことを言われたことがあるから。
「ごめんね、もう少し大人っぽく歌えば良かったかな」
「ううん、水谷さんらしくて良いと思う」
そう優しく笑ってくれる梅澤くん。
練習中、上手くいかない時も梅澤くんは優しく励ましてくれた。
本当に、梅澤くんは良い人だ。
「ありがとう!私、梅澤くんがペアで良かった!」
そう言ってみたら、梅澤くんは少し驚いた顔をした後、こちらこそありがとう、と返してくれた。
「じゃあ明日の本番、よろしくね」
「うん、また明日ね」
梅澤くんと手を振り別れてから、学園の中庭を歩く。レコーディングテストは明日。練習はたくさんしたけど、それでも不安は残ってしまう。少しでも自主練をしようと場所を探していると、背の高い後ろ姿を見つけた。
イヤホンをしている彼の背中を、ぽんと優しく叩くと、ゆっくり振り向いてくれた。
「…香織?」
「お疲れさま、一ノ瀬くん」
両耳からイヤホンを外して、お疲れさまですと返してくれる一ノ瀬くん。
「あ、もしかして練習中だった?」
「はい。レコーディングルームが空いてなかったので、ここで」
「ごめんね、練習中に」
今日はテスト前日だから、どのアイドルコースの生徒も最後の追い込みをかけているみたい。どこの練習室も予約でいっぱいだった。
近くのベンチに腰掛けた一ノ瀬くんに続いて、私も横に並んで座る。
「いえ、丁度休憩しようと思ってましたから」
「そっか。これ差し入れ!」
多めに買っていたペットボトルの水を一ノ瀬くんに差し出したら、ありがとうございますと受け取ってくれる。
キャップを開けて私達は喉に水を流し込んだ。
「乾燥は喉の天敵だと直希にしつこく言われました」
「あはは…私もいつも言われてる!なおくん練習厳しかったでしょ?」
「まぁ…少し。ですが全てのアドバイスが的確なもので」
「ほんと、こっちは何も言えなくなっちゃうんだよねぇ」
今ままでこの話題で盛り上がれる人がいなかったから、ちょっと嬉しい。そんな事を言ったら一ノ瀬くんは優しく笑ってくれた。
あ…
「一ノ瀬くん、そうやって笑うんだ」
「え…」
「いや、今までこう…あんまり笑ってくれる印象がなかったから」
私のその言葉に、ちょっとムッとした一ノ瀬くん。私だって笑う時くらいあります、と言ってるけど少し顔が赤い。
なんだか、少しだけ心開いてもらえてるかな?なんて調子良いことを考えてしまう。
「それに私は、兄とは違いますから」
「え、お兄ちゃんいるの?」
「あぁ、すみません…HAYATOってご存じですか?」
一ノ瀬くんのその言葉に、今度は私がぽかんとしてしまう。
「一ノ瀬くん」
「はい」
「同一人物って思われたくない理由でもあるの?」
「は、…」
「ご、ごめん…でも、HAYATOは一ノ瀬くんだよね?」
遠慮がちにそう尋ねてみたら、一ノ瀬くんは驚いた顔をした後、頭を抱えて大きく溜息を吐いた。
「あなた達双子は何者なんですか…」
「えっ?」
「いえ、こちらの話です」
一ノ瀬くんから核心に迫る話は聞けなかったけど、きっと話しづらいことなんだろうな。
それ以上私からHAYATOの話を聞くことはしなかった。
「明日の曲どんな感じ?…って聞いちゃだめか」
「そうですね。でも自信ありますよ」
「そっか!あー楽しみだなぁ…」
「全くあなたという人は…仮にもライバルなのですよ?」
「うーん、分かってるんだけどなぁ。でも楽しみなんだもん!」
一ノ瀬くんだけじゃない。翔ちゃんもレンくんも…優子もどんな曲を書くのかなって。
人の音楽に触れることは何よりも刺激になるし、勉強にもなるから。
「邪魔してごめんね!そろそろ行こうかな」
「はい…では私も練習を」
二人ですくっとベンチから立ち上がり、私はひとまず練習場所を探して、校舎の方へ歩き出した。
「一ノ瀬くん!」
「…はい」
「明日、負けないからね!」
「私もです」
レコーディングテストは、いよいよ明日だ!
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