09
ペアになった直希と二人でレコーディングルームへやってきた。
曲のイメージ作りをしたいからという、直希からの誘いだ。お互いの事を知るために必要だと思い、私の方も快諾した。
当然、彼の作る曲を聴いたことはない。だからこれは良い機会だ。
新入生代表挨拶をするくらいだし、香織もあれだけ言うのだから、才能があることは、確かだと思う。
「じゃ、とりあえず声の感じを聞いてみたいから、適当な曲歌ってもらっていい?」
「分かりました」
とりあえずは…どういう反応をするか探ってみるか。
ヘッドフォンをつけて、入学試験で歌った曲をアカペラで歌う。 直希はじっとこちらを見てそれを聴いていた。
1フレーズ歌い終わったところで、ちらりと彼の顔を見るが、何も反応はない。
しばらく沈黙が流れたあと、直希が静かに口を開いた。
「…それ本気?」
「…!」
突き刺すような視線。
手を抜いた訳ではない。でも確かに…初めだから反応を探りながら歌っていたことは事実。まさにそれを見抜かれた、訳ですか。
「…いえ、すみません」
「一ノ瀬がその程度の力しか出さないなら、俺もその程度の曲しか書かないよ」
少し笑った直希だが、その言葉は力強い。
…この男は。
どうやら本気でぶつからないといけない相手みたいですね。
「もう一度よろしいでしょうか」
「はいよ」
彼は今度は目を閉じて聴く姿勢をとった。
私も深呼吸をして、もう一度同じ歌を歌う。
「ん、いいね。面白い」
「ありがとうございます」
「元々良い声だなとは思ってた。うん、作曲しがいがあるよ」
どうやら彼の中の及第点はもらえたようだ。
しかし、私自身にも確かめたいことがあった。
「私もあなたの作った曲を聴いてみたいのですが」
「え?今?」
「はい」
んー、と考えるような仕草をする彼。
唐突な願いではあったかもしれません。でも、私もそれだけテストに真剣に取り組みたいと思っている。最初のこのテストが、どれだけ重要かは互いに分かっているはずだ。
「ま、俺だけ聴いといて曲聴かせないのもずるいもんな」
ちょっと待っててーと言い、スマホにスピーカーをつなげる直希。
どうやら中にデータが入っているらしい。
「一番最近作った曲でもいい?香織の声入りだけど」
「構いません」
優しく流れるピアノの音。その伴奏に乗る美しいメロディーは透き通った香織の声と絶妙にマッチしている。
青く澄んだ空の下で歌う香織…目を瞑れば自然とそんな情景が浮かぶ気がした。メロディアスなその曲は、アマチュアとは思えない完成度だった。
「…なるほど、素晴らしいですね」
「ありがと。納得してもらえた?」
「はい」
「じゃあ次は音域の確認かな。ピアノで音出すから声出してもらっていい?」
直希の言われた通り、順々に声を出していく。しばらくして彼からOKが出たので、次の予約者にレコーディングルームを明け渡すため、荷物の片付けに取り掛かった。
「…それで、どうしてHAYATOがここに来てる訳?」
手を止めずに顔も上げないまま、さり気なく発せられた言葉。
「…彼は私の双子の兄ですが、」
「はは、そんなに同一人物ってバレたくないのか。でも別人で通すのはちょっと無理あるかな」
苦笑いしながらそう話す彼。
どうして分かったのか、と尋ねれば、
「分かるよ。声質はもちろん、ブレスの癖、苦手な音、微妙な音の切り方、全部一緒だからね」
驚いた。先程の1フレーズでそこまで気が付いたという訳ですか。
「双子だからってここまで歌の癖が一緒になるのはありえないよ」
ま、俺も一応双子だしね、という直希は、どうやらかなり優れた耳を持っているらしい。
そんな彼が私にどんな曲を書くのだろうか。
早く歌ってみたいと純粋に思った。身体がゾクッと震える感覚。これが俗に言う武者震いというものなのだろうか。
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