Run in the Rain

雨は嫌いだ。どうも気分が下がる。


収録が終わって帰ろうとしたら、外は大雨だった。地面を強く打ち付ける雨の音がうるさいくらいだ。

朝の天気予報では、必ず夕方降ると言ってたのを聞いていたから、用意していた折り畳み傘をリュックの中から取り出した。



…にしても、すげぇ雨だな。傘差しても濡れるんじゃねぇかこれ。

一息ついて折り畳み傘を開こうとしたところで、外に佇んでいる一人の女がいることに気が付いた。
そいつは傘も差さずにその場に立ちすくみ、ずぶ濡れになりながら空をじっと見つめている。


知らない女だったら無視して帰っていたと思うが、そうもいかなかった。
近付いてもなかなか俺に気付かない女の腕を掴んで、強引に屋根の下まで引っ張った。



「あ、日向君。なに?」
「それはこっちのセリフだ。何してんだよ傘も差さずに」


コイツはみょうじなまえ。同じレイジング事務所所属のタレントだ。俺と歳が近くて、デビューした時期も同じ。ライバル、という程は無いが、何となく気になる存在ではあった。共演する機会は意外にもそこまでないのだが、顔を合わせれば会話をするくらいの仲ではあった。



「雨ってどういう原理で降ってくるんだろうって考え事してた」
「はぁ?」
「それで、とりあえず雨に濡れてみた。でもよく分かんなかった」


言っている意味が全く理解出来ねぇ。


掴みどころのない不思議ちゃん、言ってしまえばシオン系の女だ。そのキャラがウケてか業界ではそこそこの売れっ子。本当に変な奴なんだが、不思議な魅力があるのは内心俺も認めている。

本当に、変な奴なのに。
あ、同じ事二回言っちまった。



「傘持ってねぇの?」
「ない」
「アホか」
「よく言われる」
「天気予報見てねぇのか」
「家にテレビない」
「お前、仮にもタレントだろ」
「うーん、そだねー」


みょうじはこんなにずぶ濡れになっているのに、平然としてやがる。親切心でタオルを差し出してやったのに、首を横に振って大丈夫、と断られた。

じっと空を見上げるみょうじ。その横顔に少しだけ、ほんの少しだけ見とれていると、みょうじは何か思いついたように「あ…」と小さく呟いた。
空を見上げていた視線が俺に移った。何か俺に言いたいことがあるらしい。




「日向君」
「あ?」
「一緒に帰ろ」
「おう」


雨は一向に止む気配はない。まぁコイツを傘に入れて家まで送るなんてことは簡単だ。
再び折り畳み傘を開こうしていたら、予想外の答えが返ってきた。


「走って帰ろう」
「…は?傘は」
「差さないで走る」
「お前馬鹿じゃねぇの」
「日向君と、競争したい」


言動が斜め上過ぎて、呆気に取られる。

馬鹿みたいに口をぽかんと開けている俺を無視して、みょうじはその場で屈伸を始めた。
…てか!コイツ本当にこの雨の中走る気か!


「ハンデは10秒でよろしくね」
「ちょ、待て!勝手に…」
「よーい、どん」


俺の話を聞かずに、みょうじは大雨の中全力疾走で駆けて行った。女にしては速いスピードで動く足が、激しく水飛沫を上げた。つか足はえーなアイツ!運動神経が良さそうにはとても見えないぞ!



「…ったく!なんなんだよ!!」


せっかく持ってきた折り畳み傘も、全く意味が無い。それでもアイツを放っておく訳にはいかず、俺は律儀に10秒を数えてからみょうじを追いかけてひたすら走った。


すぐに追いついてみれば、「やっぱり速いね」なんてヘラヘラした顔で笑ってきやがった。

こんな不思議ちゃんに振り回されて、マジで腹立たしい。ムカつくはずなのに、みょうじのその顔を見たら何もかもがどうでも良くなってしまう。こんな変な奴なのに、俺はコイツのことが気になって仕方が無いようだ。






「大和!なんだその格好は!」


結局家に帰ってから瑛一の野郎にこっぴどく叱られてしまった。

髪も服もグシャグシャだし寒気もする。
自業自得っちゃそれまでだ。──いや違う、みょうじのせいか。


やっぱり、雨は嫌いだ。



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