後ろの席からいつも見つめて
私の憧れの人はいつも毛の先まで美しい。
「それで、ここのリズムはぁ…」
遠くから聞こえてくる月宮先生の声。いや、本当はもっとちゃんと聞いてなくちゃいけないのに、授業中の先生の声なんかどうでも良くなってしまう。そのくらい見入ってしまう、この青い髪の美しさったらもうたまらない。
あぁ、聖川君は今日も麗しい。
「(ふへぇ、髪さらっさらー)」
私のひとつ前の席に座る、その後ろ姿を眺めるのが毎日の日課となっている。
あー触りたいなぁ。絶対触り心地良さそうだもん。美容院どこ行ってるんだろう、シャンプーは何を使ってるんだろう。特注かな、お坊ちゃまだもんね。きっと、予約が中々取れないような良い美容院に行ってるんだろうなぁ。
髪だけじゃない、ぴんと伸びたその首筋も綺麗。ワイシャツの襟に隠れてしまっているのが勿体ない。そもそも、何故制服という物は襟がついているのだろう。その存在が今は憎たらしいったらありゃしない。一体授業中に、私は何を考えてるのだろう。
「……みょうじ?」
「ひゃああああ!」
「んー?どしたのなまえちゃーん?」
「な、ななな何でもないです!ごめんなさい!」
聖川君が!あの聖川君が私の方を振り向いた!突然視界に現れたその顔面が衝撃的すぎて、無意識に奇声を発しながら立ち上がってしまっていた。
心配そうにした先生と、不思議そうな生徒達の視線に耐えられず肩をすぼめてゆっくりと着席する。
「驚かせてすまない、その…プリントを回したいだけだったのだが」
「ぷ、ぷりんと…」
あの聖川君が私のことを見つめている。しかも会話をしてくれている。眉を下げたその顔さえもカッコイイってどういうことなの。ああああ、せっかく話しかけてくれてるのに、気の利いた言葉、ひとつも出てこない。
「アリガト、ゴザイマス…」
聖川君が謝ることなんて何一つないのに、私は何を言ってるんだろう。謝らなくちゃいけないのは私の方だ。だけど聖川君の美しすぎる顔面に圧倒されてしまい、震える指でそれを受け取るのが精一杯だった。
あぁ、だめだなぁ。せっかく話すチャンスだったのに。
「それで!明日は予告通りホームルームで席替えをするからよろしくねー!」
「えええええ!?」
「はーいなまえちゃん、あとで職員室ね」
本日、二度目の奇声に月宮先生の顔は全く笑ってませんでした。
────
「うぅ、ツイてない」
半べそをかきながら、教室までの廊下をとぼとぼと歩く放課後。こっぴどく先生に叱られ、ようやく解放されたところだ。
明日が席替えだなんて聞いてない。そんなのやだ。聖川君の後ろ姿をもう見れなくなるなんて。彼の後ろの席は、私だけの特等席なのに。
渋谷さんや七海さんみたいに、気兼ねなく聖川君に話しかけられるような関係じゃない。あの二人が本当はとっても羨ましくて、だから彼の後ろの席になれた時は、ようやく接点ができたのが本当に嬉しくって、仲良くなれるかなって思って。一人で寮の部屋で飛び上がっていたっけ。(ルームメイトには当然、「何だコイツ」という視線で見られたけど)
「結局、話しかける勇気もなかったな」
そう独り言を呟き、開けたAクラスのドア。そこには驚きの先客がいた。
机の上に楽譜を広げ、腕組みをしながらうたた寝をしている、聖川君。
その姿が本当に絵に書いたように美しくて、心臓が大きく音立てた。
教室に、ふたりきり。緊張して仕方ないシチュエーションだ。今すぐ飛び出したいけど、私も自分の鞄を持ってこなければならない。そうしないと帰れないから。そーっと彼を起こさぬよう、自分の席に近付きスクールバックを肩にかけた。
いつもの自分の席で寝ている聖川君の顔を、そっと覗き込む。うえーまつげ長い!しかも肌も白くて綺麗でつやつや。女子の私より、よっぽど綺麗だと思った。
…人間というのは欲深い生き物だ。
見ているだけで十分だったのに、私はどうしても聖川君に触れたくなってしまった。いつも後ろの席から見ている、綺麗な髪。開いている窓からそよぐ風が、彼の髪を揺らしている。
「ちょ、ちょっと…だけなら、」
バレないよね?と勝手に自己解決して、そっと手を伸ばした。指の間をさらりと流れる聖川君の髪の毛。想像よりも遥かにさらさらしてて、やっぱりいい香りがして。
そこで私も止めておけばよかったのに、つい、聖川君の髪をもっと堪能したくなってしまった。
バレませんように、と心に願いをかけて彼の髪に、顔をうずめた。ふわりと香る香りに、もう心臓が爆発しそう。
ふと、視界に入った、聖川君の耳。
綺麗なその耳に見とれている……場合ではなかった。その耳が真っ赤に染まるのに、気付いてしまったから。
「……っ、みょうじっ…」
「きゃあああぁぁ」
「み、耳元で大声は控えてくれぬか…」
「ひっ、ひじっ、ひじり…聖川く、いつからっ…!?」
「起きたのはつい先程だが……その、」
「わぁぁぁごめんなさいごめんなさい!気持ち悪いよね!」
慌てて離れた拍子に、床に尻もちを着いてしまう。聖川君は顔を赤く染めて、私から視線を逸らしている。
穴があったら入りたい、とはまさにこの事だ。
どうしよう、絶対引かれた。
大して仲良くないクラスメイトに、あんなことをされたら気持ち悪いに決まっている。
終わった。話しかける前に、嫌われた。
さよなら、私の恋よ…。
「……みょうじ、なぜ泣く」
「だってっ、気持ち悪いって、思ったでしょっ……」
「そんなことは無い、少し驚いただけだ」
床に座り込んで、情けなく泣き出す私に、聖川君はしゃがんで目線を合わせてくれる。涙で霞んでよく見えないけど、聖川君は意外にも優しい笑顔を浮かべていた。
「だから、そんなに泣かないで欲しい」
「だって…っ」
「少し、照れ臭いのが本音だがな」
「うぅ、ごめんなさい…いつもっ、綺麗な髪だなぁって、見てて……つい、」
「そうか。…ありがとう。ほら、遅いからもう帰ろう。寮まで送るぞ」
そっと手を握り、立ち上がらせてくれる聖川君にこくりと頷いてもう一度お礼を言った。その優しさに、不覚にも泣きそうになって、でも同じくらいドキドキして。聖川君はカッコイイだけじゃなくて、内面もとっても素敵な王子様だった。
触れた手が、あたたかい。私なんかが聖川君の手に触れてしまっていることが申し訳ないと思いつつ、やっぱり嬉しかったからバレないように、きゅって力を入れて握った。突然のハプニングに今は感謝をしようと思ったんだ。
「……一番前の席だなんて最悪」
翌日のホームルーム。何の罰なのかご褒美なのか知らないけど、見事に一番前の席のクジを引いた私は、ぶつぶつと文句を言いながら、机を一番前の列に移動させた。
日頃の行いが悪すぎたのかな。
昨日、聖川君に変態行為をしたから罰が当たったのかもしれない。
「みょうじ」
それか、私が聖川君と手を繋いだことを神様が妬んでるの!?ありえる!だってあの聖川君だもん。
「……みょうじ?」
だからって、いくら何でも一番前って……これじゃ、どう足掻いたって聖川君の後ろ姿を見れないじゃ──
「みょうじ!」
「うぇぇぇっ!」
「はは、お前はいつもリアクションが大きいな」
アイドル候補生として羨ましい、なんて話す聖川君の姿が、すぐそこにある。
思わず私は、口をぱくぱくさせて固まった。
「今度は隣の席のようだ」
こんなボーナスポイントがあるなんて、聞いてない。
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