朝のちょっとしたbreak time

「抹茶クリームフラペチーノひとつ。えっと、ミルクを無脂肪乳に変更、ホイップ少なめ……あとチョコチップ追加で」

すっかりお馴染みのメニュー。同じ朝の時間帯、注文を受けてくれる店員さんにも恐らく顔を覚えられているだろう。


お金を払って、受け渡しのカウンターまで移動する。ミキサーをかける音すらも心地良い、朝の時間帯。カウンターの向こうには、いつものお兄さんが私のフラペチーノを作ってくれているところだった。



「お待たせ致しました。ストローはお差ししますか?」
「あ、お願いします」
「どうぞ」


コト、と置かれたフラペチーノを持って、またお兄さんの顔を見ると優しく微笑んで「ありがとうございます」と言ってくれた。


私はちょこちょこと移動して、そのままお店の一番端の席に座る。わざと顔はカウンターの方を向けて。


せっかく人より早い時間に起きているのだからそのまま会社へ行けば良いのに、私は毎朝必ずここのカフェに立ち寄るのだ。



「(ふへー、幸せ)」

この時間はお店も空いているから、お兄さんも穏やかに仕事に励んでいるようだった。一度昼間の混んでいる時間帯に来たら大変そうだったもん、すごく。だから朝のこの時間、この席でこっそりお兄さんを眺めながらフラペチーノを飲むのが私の習慣だった。


「にしても、」

ああ、今日もかっこいい。
白いワイシャツの袖を肘まで捲って、グリーンのエプロンを纏って、まるでモデルさんみたい。多分年は私と同じくらいか、少し若いくらいだと思う。見ている限りはアルバイトさんだ。大学生かな?


もう、なんせドストライク。
好み、ど真ん中。初めて顔を見た時からかっこよすぎて、ときめいて、もうどうしようもなくドキドキするの。もうこれは恋だと、思った。



「(……あ、目が合っちゃった)」

お兄さんをじっと見つめていたら、ふと合ってしまった視線。だけどお兄さんは逸らすことなく、笑みを浮かべながら自分が持っていた空のプラスチックコップを指でトントンと叩いた。


カップ?なんだろう。


不思議に思い、私は飲みかけのフラペチーノのカップを確認する。するとそこには、


「あ、」

可愛いペンギンの絵と「Good morning」の文字が書かれていた。え!?何これ可愛い…!

バッと顔を上げてもう一度お兄さんの顔を見ると、優しく微笑んでくれた。内緒ですよ、と言わんばかりに人差し指を唇に添えて。その仕草がかっこよすぎて目がクラクラするけど、私も慌てて同じポーズを真似した。まるで、二人だけの秘密みたいで、それが余計にドキドキさせる。これ以上見つめるのは恥ずかしくて、すぐに俯いて誤魔化すようにグリーンのストローを吸った。







────


「今日はお休みですか?」
「えっ」
「あぁ、すみません。いつもと服装が違うものですから。それからメニューも」


トレーに乗ったサンドイッチとアイスコーヒーを差し出しながら、お兄さんは私にそう話しかけた。

突然の出来事に頭が真っ白になりかけるけど、何とか震える手でトレーを受け取る。顔を覚えられてるのは自覚してたけど、まさか話しかけてくれるなんて。ていうか本当、声までカッコイイってどういう事なのこの人。ああああどうしよう。頭、回らなくなってくる。


「えと、今日は…仕事が休み、で」


そう、今日は滅多に取らない有給休暇の日だ。
そんな日こそ早起きしないでゆっくり寝てれば良いのに、どういう訳かいつもの時間帯に目が覚めてしまったのだ。


せっかく早く起きたのだから、お兄さんの顔を見たいと思い、わざわざここに来てしまった。今日、多分シフトの日だし、なんて思って。

だけどそう真実を話したら引かれちゃうだろうな──そう思って適当に言葉を濁したら、お兄さんはそうですか、と言って優しく微笑んでくれる。やだ、またきゅんってしちゃう。



お兄さんの笑顔を見ていたら、この気持ちをすぐにでも伝えたくなってしまう。

だって、私達はこのお店でしか会う手段がなくて、いつ会えなくなるかなんて分からなくて。こうして巡り会えた機会を無駄にしたくない──そんな贅沢なことを考えてしまうんだ。



「あのっ!」
「はい?」
「連絡先!教えて頂けませんか!」



朝の静かな店内に私の声が響いた。
ほぼ、無意識に出た言葉。そして想像よりもボリュームのある声。お兄さんの事を想うあまりに出てしまった。突然の出来事に、お兄さんは驚いた顔をして固まっている。


そんなお兄さんの表情を見て、私もすぐに我に返った。



「ご、ごごごめんなさい…!なんでもないです!忘れて下さいっ」

頭を大きく下げて、私はトレーを持っていつもの席まで走った。



「一ノ瀬くん聞かれること多いねー」
「からかわないで下さい」

なんて会話が背後から聞こえる。お兄さん、一ノ瀬さんって言うんだ。名前まで素敵。一ノ瀬……一ノ瀬なまえかぁ…いやいやいやいや!何言ってるの私!気持ち悪いにも程があるってば!


穴があったら入りたい。恥ずかしすぎる。
お店にお客さんが少なかったのがせめてもの救いだ。お兄さんの顔を見るのが、今日だけは恥ずかしくて辛くて…いつもと反対側の席に座り、私はカウンターに背中を向けた。


頼んだアイスコーヒーがやたら苦い。
こんな沈んだ気持ちの時に限って、どうしていつものフラペチーノを頼まなかったのだろうか。





「空いたお皿お下げします」


あれからどのくらい時間が経ったのだろう。
飲みかけのアイスコーヒーも氷が溶けきってしまっている。

そんな中、突然聞こえた横からの声に、慌てて見ていたスマホから顔を上げた。


「あ、ありがとうございます……」
「いえ」


あれだけ公然で恥を晒した私に対しても、一ノ瀬さんはいつものように優しく対応してくれた。なんて良い人なんだろう。あああ、だけどさっきの事を思い出したら、また恥ずかしくなってきて、すぐに顔を逸らして俯いてしまった。

お皿を下げられすっきりしてしまったテーブルの隅に、突然見えた綺麗な手。それがお兄さんのものだと気付くと、またすぐに顔を上げた。


「ごゆっくりどうぞ」

そう言ったお兄さんは、そのままそっとメモのようなものをテーブルに置いた。私が声をかけるより先に、お兄さんはすっと去って行く。


「なん、だろ……」


小さなメモ用紙は、綺麗に4つに折り畳んである。
恐る恐る、私はそれをゆっくりと開いていく。



「……!!」


きれいな字、二足で立つ可愛いペンギンの絵は……これからの恋の始まりを予感させるには十分すぎた。



【シフトは11時までなので、それまで待って頂けますか?

お店の外で待ち合わせしましょう


一ノ瀬】




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