A little sweet

好きな人が、密かに憧れている人が甘い物が大好物だと知ったのは、彼が事務所に入って間もない頃だった。


シャイニング事務所 カミュ様宛


そんな宛名で届くのは、高級なケーキやチョコレート、時には和菓子まで。いわゆるファンからのプレゼントは様々な物が贈られてくるけれど、こんなに甘いものだらけなのは彼だけかもしれない。



「んしょ…重いっ……!」

シャイニング事務所の、しがない事務職員の一人。事務職員という立場は本当に便利屋扱いで、領収書を切ったり経理の仕事から、こんな荷物運びの雑用まで何でもやらされる。

好きな芸能の仕事に携われているだけありがたい、そう思いながらも、この大荷物を目の前にするとさすがに愚痴りたくなる。



「私は宅配のお兄さんじゃなーいっ!」


誰もいない事務室で大声で叫んだ。
言うなればお兄さん、じゃなくてお姉さんだったけど、もうそんな事を訂正するのは面倒だ。


そう、この大荷物をメンバーごとに仕分けして、本人が事務所に来たタイミングを見計らって届けに行かなければならない。



それにしても、いつになく今日は荷物が多いなぁ。しかも、カミュさん宛の物がダントツで多い。

そりゃそうだ。冬のシーズンは彼の……カミュさんの誕生日もあるし、バレンタインも近い。

心が一つ一つ込められているそのプレゼントを眺めると、素直に気持ちを表現出来る彼女達が羨ましいとさえ思ってしまった。


自分のデスクに置かれた、小さな水色の紙袋に目線を移す。それは誕生日に渡そうと思って、かれこれ渡せていない、彼への贈りもの。




「付き合ってもいないのに、手作りお菓子とか重」


女友達にそう言われ、渡す自信がなくなってしまったその手作りのケーキをどうしようか、今でも迷っている。

確かにそうだ。
付き合ってもいない、そもそも名前すら知らないであろう(顔は辛うじて分かるかもだけど)女から手作りの贈り物なんて、気持ち悪がられるに決まっている。

それでも、気持ちが溢れてしまって、つい作ってしまった、甘い甘いケーキ。


手作りだからあまり日持ちもしない。渡すなら今日までだ。だけど直接持っていくのは怖い。

もういっそ、この大荷物に紛れさせてしまおうか。それも良い案かもしれない。いやダメだ、彼女達ファンは勇気を出して、自分の意思でカミュさん宛にプレゼントを贈ってるのだ。そんな神聖なものに、直接渡すチャンスがある癖にウジウジしている私のプレゼントなんか、一緒にして良いはずがない。



「とりあえず、持っていこうかな」


今日は日向さんが用事があるとかで、カミュさんを事務所まで呼び出したと聞いている。

毎日忙しいメンバー達に、直接渡せるチャンスは数少ない。すごい量だけど、とりあえずは持って帰れそうな分だけ。あとはカミュさんに許可を取って自宅に郵送させてもらおう。


私は大きめのダンボールに入れられる分だけのプレゼントを入れて、掛け声を一人で出しながらその箱を持ち上げた。





「(前、見えないっ……)」


計画性が無いとは、まさにこういう事を言う。
箱を持てたは良いが、全然前が見えない。歩き慣れた廊下だから何とか移動は出来ているけど、これ……正面から人が歩いてきても気付かないなきっと。



小さく息切れをしながら歩いている時に、


「あ、」


急に手元が軽くなったから驚いて声を上げた。

ひょこっと顔の位置をずらして、持ち上げてくれたその人を確認する。
日向さんか、ほかのスタッフか誰かかと思いきや……



「カミュさん!」
「……何をしているのだ」


やや呆れ顔で私を見下ろす綺麗な顔。
突然現れた想い人に内心焦りながらも、慌てて箱を返してもらおうとした。


「すみません!私持ちます!」
「どうせ俺宛だろう。貴様が荷物を運んで来るかもしれないと予め聞いていたからな」
「あ…ごめんなさい、気を遣わせてしまって。日向さんですか?」


カミュさんはすでに日向さんとの打ち合わせを終えて、これからタクシーに乗って自宅へ帰るとのこと。

目線でついて来い、と合図をされたものだから、ダンボールを抱えて歩き出すカミュさんの後ろを慌てて追いかける。何度も持つの変わりますと訴えているのに、カミュさんがそれを渡してくれることはなかった。




「あの…」

無言で歩くのも何だか気まずい、少しでも気の利いた会話を……と思いながら私は普段は回らない頭を必死に回転させた。


「す、すごい量ですね!中身も確認させてもらったんですけど、ほぼ甘いものでした」
「…そうか、ありがたい」
「カミュさんが貰って一番嬉しいものですからね」


そんなことは知ってる、ずっと前から出会った頃から。私だって、彼が一番喜ぶ物をあげたいと思うのに。頭の中に、デスクに置いたままの紙袋が浮かんできて、ちょっぴり切なくなった。



「みょうじは、」
「えっ!私の名前知っていたんですか!?」
「事務所の人間の名くらい把握している」
「そ、ですか…それで、なんでしょう?」

無意識だろうけど、歩みがゆっくりになったカミュさんに合わせて、私も速度を落とす。大きなダンボールのせいで、表情は見えづらかったけど、


「…菓子作りが得意だと美風から聞いた」
「え、」
「何かないものかと、思ったではないか。この愚民が」


その声は確かに、私に届いていた。




「あの、」
「美風によると貰える確率は99%だったそうだ」
「な、なんで!」
「俺にもよく分からん。だが、」


歩みを止めたカミュさん。いつの間にか事務所の出口についていて、目の前にはタクシーが止まっていた。



「そうであって欲しいと、願ってしまったのは事実だ」


その言葉に心臓がドクンと鳴った。
まさかカミュさんに、そんな風に、思ってもらえていたなんて。

勇気を出して……すぐに渡せなかった自分を、すごく悔やんだんだ。




「……あります!プレゼント!」
「……そうか」
「すぐ!今すぐ持ってきますね!」
「いや、」


慌てて自分のデスクまで戻ろうとしたのを、カミュさんは静かに止める。


「俺の家まで、直接届けに来い」
「えっ…」
「自宅の住所は、知っているだろう」


そう優しく笑ってくれたカミュさんの顔は、きっとファンの皆も知らないような、特別な表情。その顔が今、私だけに向けられていることがこの上なく嬉しくて。


「……すぐに行きます!!!」


タクシーに乗って一足先に自宅へ向かったカミュさんを見送ってから、私は顔のにやにやを必死に抑えながら、自分のデスクへと走った。


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