Prince of Agna

一目惚れなんて今までの人生で一度もしたことはなかった。
もちろん、されたことも。


「なまえ、好きです」
「ワタシはアナタを愛しています」
「ワタシと結婚して下さい」


突然目の前に現れた、アグナパレスという砂漠の国の王子様。はじめまして、と言って自己紹介をした私の顔を見るなり、彼が放った言葉はまさかの結婚の申し入れだった。



「え、無理ですけど」
「何故ですか!」
「あ、当たり前でしょ…たった今出会ったばかりの人と結婚をするなんて、そんな人どこにいます?」
「だってこれは運命です!」



そんなこんなで出会い頭に突然求婚された私、みょうじなまえはただ今


逃走中です。







「はぁっはぁ…、もうここまで来れば大丈夫かな?」
「なまえー!!」
「げ、もう来てる……!」


遠くから聞こえる彼、愛島君の声。

初めはただの気まぐれで告白したんだと思ってた。だって普通に考えてありえないもの!いきなり結婚の申し入れなんて。

だけど愛島君は一向に引かなかった。それどころか日に日に強引に迫るようになってきた。こうやって走って私を追いかけてくることもしばしば。


声は聞こえるけど、愛島君の姿は見えない。だけど見つかるのも時間の問題だろう。
そう思った私は、すぐ近くにあった大きな木を見上げた。


そういえば…愛島君がよくここに登ってフルートを吹いていたっけ。



無謀にも自分でも登れる気がしてしまって、私はスカートにも関わらず、脚を開いて木をよじ登った。



「んしょ!わ、綺麗!」

意外と出来るものだな、なんて自分で感心しながら太めの枝に腰かけた。

目の前には寮の敷地の景色が一面に広がる。
湖にキラキラ光が反射していて、すごく綺麗。
愛島君はいつもこの景色を見てたんだなぁ、って思ったら何だかすごく親近感が湧いて。



「だからと言って結婚はさすがになぁ……」


ぽつりと呟いて空を見上げた。いつもより空が近い場所にあって、もしかしたら届くかななんて思って手を伸ばしてみた。もちろん、届くはずはなかったけれど。


愛島君の声が聞こえなくなった。どうやら撒けたみたい。ひと安心して木から降りようと、下を見下ろした。






だけど、動けないまま数分が経過した頃───


「なまえ」
「愛島君、」
「ようやく見つけました」


木の下から愛島君が私を見上げた。

下から見上げられたらスカートの中が見える!とか思うけれど、正直今はそれ所じゃなかった。
いつもは逃げたくなる愛島君のその姿が、今はありがたくて仕方がなかったんだ。



「愛島く、その……」
「どうしました?」
「降りられなく、なっちゃった……」



情けなく漏れた私の言葉に、彼はポカンと口を開けて固まった。


しばらくして吹き出すように笑った愛島君は、笑いながらお腹を抱えている。



「ちょっと!笑わないでよ!」
「何故登れたのに降りられないのですか…!」
「だ、だって…思ったよりも高かったから……!」


自分でも本当に馬鹿だと思ってるよ!
だけど仕方ないじゃない…!


ぷぅと頬を膨らませるけど、だからと言って自力で降りられる訳ではない。もう、本当に情けなくなってきた。



「大丈夫ですよ」
「愛島く、」
「そのまま目を瞑ってジャンプして降りて下さい」
「で、出来ない……!」
「ワタシが下で受け止めます。だから大丈夫」


そう言って愛島君は両手を大きく広げた。
その愛島君の姿に酷く安心した私は、今なら本当に降りられるような気がして。


ごくりと唾を飲み込んでから、私は意を決して目を瞑りながら木から飛び降りた。



予告通り、両腕でしっかり受け止めた愛島君。
だけどさすがに反動が強かったみたいで、そのまま後ろに、私を抱えたまま倒れ込んだ。



「ごめ…!愛島君!大丈夫!?」


そのまま慌てて愛島君から離れようとしたけど、背中に手を回されてぎゅっと抱きしめられたから、
離れることが、出来なかったんだ。




「ぷっ……はは…!なまえは本当に面白いです!」
「だ、だからゴメンってば…」
「そんな所も大好きです」
「うっ」


顔を上げれば優しく微笑む愛島君の顔が、至近距離にある。緑色の綺麗な瞳で見つめられて、ちょっとだけ、ちょっとだけドキドキしてるのは



「好きです、なまえ」
「愛島君……」
「ワタシの気持ち、伝わってますか……?」


私だけの秘密にしておこうかな。




「伝わってるよ」


本当はね、もうとっくに惹かれている。
でもこうして愛島君に追いかけられるのも嫌いじゃないから。


「やっぱりなまえは美しくて可愛いです」


私がこの王子様にもっと夢中になってしまうのは、
もう時間の問題かもしれないね。



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