君がいるだけで、

アイドルの仕事は忙しい。


アイドルとは言っても、今のアイドルはただ歌って踊るだけとはいかない。
売れれば売れるほど、ドラマや映画、雑誌のインタビュー、撮影、バラエティ、ライブ…やらなくてはいけないことが次から次へと畳み掛けてくる。


まぁ、売れることは大変ありがたいことなのですが。

今日も朝からファッション誌の撮影。
そのまま1時間のインタビューを終えて、昼食を取る間もなく連続ドラマの撮影へ直行。
帰宅したのは夜11時を回る頃だった。


鍵を使い自宅マンションのドアを開ける。
もうてっきり寝ているかと思いきや、パタパタと足音が聞こえた。

「トキヤ!おかえりなさい!」
「なまえ、まだ起きていたんですか」
「少しでも顔見たかったから。さっ、コート脱いで!」

彼女、なまえとは早乙女学園時代に出会い、数年交際している。
仕事が軌道に乗り、自身でマンションが購入出来るようになった頃に、一緒に住み始めた。
事務所と揉めながらもなんとか許してもらった同棲。(当然、ファンには公表していませんが)

どんなに忙しくても必ず家に帰るようにしてるのは、彼女が待っているからだ。


「夜ご飯食べた?」
「いえ、朝からほとんど食べてません」
「大変!今日ね、ビーフシチュー作ったんだ。今温めるから待っててね!」


せわしなくエプロンを着けながらキッチンへ向かうなまえは突然思い出したように「あ!」と声を上げた。

「…トキヤ、夜遅くの食事だめだったよね。ごめん…」
「大丈夫ですよ、せっかくなまえが作ってくれたんですから。いただきます」
「うん!ありがとう!」


そうご機嫌になりながらビーフシチューをコンロにかけるなまえの後ろ姿が愛おしくなり、そっと後ろから抱き締めた。


「ちょっとトキヤぁー」
「なんですか」
「ふふ、くすぐったいからー」

そう言いつつ全く抵抗しないなまえも大概だ。


「頂いていいですか」
「まだ出来てないからだめー」
「いえ、シチューではなくこっち、です」

そう言いながらなまえの顎を掴みこちらを振り向かせる。
彼女がそっと目を閉じたのを合図にして、口づけを落とした。


「…もう、邪魔するなら怒るよ?」
「ふ、すみません。あまりに可愛かったものですから」
「からかうなぁー」
「からかってないですー」

そう彼女の言い方を真似して言えば、なまえは満足そうに笑った。


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