時は満ちて

「きゃー!なまえ久しぶりー!」
「ねー!みんな元気だった?」


20歳になったら絶対集まろうね──
そう約束した中学校の卒業式。

高校を卒業後、東京の大学に進学した私は、今日久しぶりに地元の福岡に帰ってきた。


招待された中学の同窓会。
ホテルの立食パーティーだなんて、そんな大袈裟なものだとは予想外だったけれど。スーツやドレスなどお洒落をした同級生は、みんな当たり前だけど昔よりぐっと大人っぽくなっていた。



「そうそう!今日一ノ瀬も来てくれるってさ!」
「えぇー!マジで!?」
「(どきん)」
「超有名人になっちゃったもんねー、サイン貰っとこ!」


一ノ瀬くん…その名前に心臓が跳ねる。


中学の頃、ずっと片想いをしていた人。

知的で格好良くて、でも誰にでも優しくて。同級生の中では一際大人びていて落ち着いていた彼のことを、私はずっと想い続けていた。


当時は…ライバルが多すぎて告白もせずに諦めたんだったかな。懐かしい。


アイドルになってテレビで毎日見るようになってからも、実のところ彼のことを忘れられずにいた。



「アイツ、ずっとなまえの事が好きだったんだぜ」


彼が上京した後、中学の同級生とたまたま会う機会があって、その時一ノ瀬くんと仲の良かった男の子から、そう聞いた。


彼から直接聞いた訳じゃないから…事実かは分からない。でも、もし私があの時勇気を出して一歩踏み出していたら、何か変わっていたのだろうか。

そんな後悔が、ずっと私の中に残っている。





「あ!トキヤくん来たよー!」
「うわっ!相変わらずイケメン…」


周りがざわつく中、会場に一ノ瀬くんが現れた。テレビでは毎日見ていたけど、会うのは中学の卒業式以来。

背も伸びて大人っぽくなった彼は本当に素敵で、例外なく女子も男子も虜になっている。



「なまえ!話しかけ行こー!」
「わわっ」

友人に手を引かれて、一ノ瀬くんを囲む輪の中に飛び込む。一ノ瀬くんとの距離が一気に縮まった。ずっと想い続けていた一ノ瀬くんが、今目の前にいる。一ノ瀬くんは私の顔を見て、少し驚いた表情を見せた。


「一ノ瀬くん久しぶりー!同じクラスだったけど覚えてる?」
「はい、もちろん」
「ほら、なまえも何か喋りなよ!」

きゅ、急に話を振られも…!
正直会うのが久々すぎて、しかも目の前の一ノ瀬くんがかっこよすぎて。こ、言葉が上手く出てこない。


「えと…一ノ瀬くん、久しぶり…みょうじなまえです」

ようやく絞り出した言葉なのに、一ノ瀬くんはフッと吹き出すように笑った。


「何故改めて名乗ってるのですか」
「だ、だって…!覚えてないかもって!」
「覚えてますよ、当たり前でしょう」


そっか、覚えててくれたんだ。
あー…やっぱり格好良いなぁ。

改めて大人になった一ノ瀬くんを間近で見て、あの頃の甘酸っぱい気持ちを思い出してしまう。




「なまえ、少し二人で話せませんか?」
「えっ…うん、」


片手にグラスを持って、もう片方の手を引かれて輪から離れた。後ろでからかう声も聞こえるけど、不思議と誰も引き止める人はいなかった。




「元気にしてましたか?」
「う、うん!元気!めっちゃ元気!」


会場の端っこの方に移動した私たち。
一ノ瀬くんが壁に寄りかかるように立ったから、私も真似して同じように横に並んだ。

中学生の頃より、更に開いた身長差が時の流れを実感させた。



「あの、一ノ瀬くん」


大人になった今なら聞けるかな。
そう思い、勇気を出して彼に確かめてみることにした。


「昔、私の事が好きだったって本当…?」


予想以上にすんなりと言葉が出た。

彼は目を開いて驚いた顔をする。でもすぐにいつもの大人びた表情に戻った。手に持ったグラスのビールを一口飲んだ後、一ノ瀬くんがゆっくりと口を開いた。



「本当であって…本当ではありませんね」
「んー?…どういうこと?」
「何故なら今でも好き、だからです」


一ノ瀬くんの言葉に驚いて、今度は私が目を大きく見開く番だった。



「私が何故、わざわざ地元の同窓会に来たか分かりますか?あなたに会いたかったからですよ」
「一ノ瀬く、」

期待を持たせるような言葉。
だって、そんな。私だけじゃなくて、彼も私を想い続けていてくれたなんて。
そんな都合のいいこと、ある訳ないと思っていたのに。



「なまえは今、東京で一人暮らしをしていると聞きました」
「う、うん。大学があっちだから…」
「今度良かったら、向こうで食事でも」


そう言って一ノ瀬くんは大人な表情で穏やかに笑った。こんなスマートに誘われたら…首を縦に振るしかないじゃない。



「い、一ノ瀬くん…誘い方が、」
「嫌でしたか?」
「いえ、格好良すぎです」
「そうですか。ありがたいお言葉ですね」


そっと私の手を引いてくれるその姿が、本当の王子様みたいで。一ノ瀬くんは時を経て、こうして私を迎えに来てくれたんだ、なんて浮かれてしまう。

その手に身を委ねて、このまま同窓会を抜け出して、どこか遠くへ行ってしまい気持ちになった。


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