月ノ光
夜空を見ると、いつも那月のことを思い出す。
真っ暗な空に星と、輝く月が浮かぶ。
今日は満月だ。
「元気にしてるかな、」
奇しくも自分の誕生日が満月だなんて。
いつだって月を見れば、那月のことを思い出していた。テレビで彼を見る度、音楽を聞く度に月を思い浮かべていた。
アイドルになるため、北海道から一緒に上京して早乙女学園に入学した私たち。
那月のことはずっと昔から、好きだった。
アイドルになるという夢を叶えた彼と、挫折した私。彼の夢を応援するため、私はこの気持ちを伝えないことを決めた。それでも、月を見る度やっぱり思い出すのは那月のことなんだ。
互いに東京には居るけど、普通の社会人をしている自分より更に多忙な彼との距離は徐々に離れていった。今では連絡もほとんど取らなくなってしまった。
もう夜中だっていうのに、私は部屋の窓を開けた。入ってくる冷たい風が心地良い。
時刻は23時。自分の誕生日がそろそろ終わろうとしていた頃、スマホのバイブが鳴った。
ただのメルマガか何かと思い放置していると、鳴り止まないバイブ音。ようやく電話の着信だということに気が付いた。
スマホを手に取ってみると意外な名前が表示されていて。ドキドキしながらも震える指で通話ボタンを押した。
「もしもし、那月…?」
「なまえ?良かったぁ!間に合った」
「え、あの…久しぶりだね」
「はい、中々連絡出来なくてごめんなさい」
久しぶりに聞く、那月の綺麗な声。
耳を通して頭に響くその声が、こんなにも心地いいだなんて。
「お誕生日おめでとう」
「え、覚えててくれたんだ」
「ふふ、もちろん。どうしても今日中に言いたくて。夜遅くなっちゃいましたけど」
「大丈夫だよ。ありがとう」
昔はよく誕生日パーティとかしたなぁ。
大人になってから、誕生日を那月と過ごせることもなくなって。毎年毎年丁寧にメールはくれていたけど、さすがに今年は無いのかなって思ってたから。那月がお祝いの言葉を贈ってくれたのが単純に嬉しかった。
「今、お家ですか?」
「うん、そろそろ寝ようかと思ってたところ。でも月が綺麗で、ずっと眺めてた」
「あぁ、今日は満月ですね」
「那月も見てるの?」
「はい。…ふふ、一緒ですね」
優しい口調とか、柔らかい声とか、昔から何も変わっていない。電話口から聞こえる那月の声が心地良い。
「なまえ」
「ん?」
「月が綺麗ですね」
「そうだね」
「あれ?」
「え?」
「え?」
お互いに投げかけられる疑問詞。ごく自然な会話だったはずなのに、拍子抜けしたような那月の声。顔は見えないけど、多分ぽかんとしてるんだろう。
「あ、伝わらなかった?」
「…もしかして、」
「はい」
「夏目漱石のやつ?」
「はい!」
察した私に、嬉しそうな声で答える那月。
それなら、もうとっくの昔に答えは決まっている。
「もう死んでもいいわ」
それはきっと世界で一番ロマンチックな愛の告白。
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