7月-1

半袖の制服がちょうど良く感じる気候になった。梅雨明けしないジメジメした空気は苦手だけど、その蒸し暑さは確かに夏がすぐそこに来ていることを教えてくれる。

怒涛の、と言うより災難だった体育祭も無事に終わった。大型行事のひとつが終わって、生徒会の活動も全体的に落ち着いている。
私は…と言うと、クラスでは相も変わらず影が薄いけれど体育祭の失敗の余波は思ったよりも酷くはなく、日々落ち着いて過ごせている。きっと、最後のリレーで結果を残せたからかもしれない。加えて一十木君や聖川君、七海さんや渋谷さんのフォローが大きかったのだろう。皆はクラスメイトからとっても信頼されている。

そうそう、実は…ひとつだけ大きな変化があって。


「紬ちゃーんっ」
「し、四ノ宮く…!」

ニコニコしながら私の前の座席の椅子を堂々と引いて、そこに座る彼。私ならば自分ではない誰かの座席になんて恐れ多くて座れない。だけど彼は細かいことは気にしないタイプのようだ。

私の机に頬杖をついて、グッと身を乗り出したせいで至近距離に四ノ宮君の顔がある。驚いて後ろに仰け反ったら、斜めになった椅子によって転びそうになった。後ろの席の机がそれを食い止めて、何とか私は九死に一生を得た。

「あれれ?どうしたんです?」
「どうもこうもないよ!下の名前で呼ばないでってお願いしたでしょう…!?」

私が食い気味に指摘しても彼は可愛らしく首を傾げるだけ。……そう、体育祭以降、私は何故か四ノ宮君にとてもとても懐かれている。


「あ、それよりも!僕、今朝お弁当たーくさん作ったんです!紬ちゃんにも食べて欲しくて…お昼、一緒にどうですか?」
「いっ…… いやいや!良い!大丈夫!ありがとう」

四ノ宮君がいつも一緒に昼食を取っている仲良しさんといえば、聖川君に、陽キャ一十木君だ。我がクラスの顔面国宝三銃士(私調べ)と一緒にランチだなんて、私の身分で出来るはずがない。それに四ノ宮君は、私を下の名前で呼ぶことを辞めるつもりはないらしい。

「えぇー…残念です…」
「うっ、うん!残念!また!また今度ね、じゃ!」

昼休みを知らせるチャイムと同時に、私は逃げるように席を立った。眉を下げた四ノ宮くんが置いてかれたわんちゃんのようで心が痛い。



「(けどやっぱり、一人が落ち着く)」

中庭にある二人がけの小さなベンチ、そこで一人でお弁当を食べるのが私の習慣だった。教室に居る時間よりも、一人で落ち着いて過ごせるこの昼休みが私にとって一番の癒しの時間。そう、大切な時間なの。

別に四ノ宮君が嫌、とかじゃない。けど極力…クラスの反感を買うことは避けたかった。彼らは自分達の人気をもう少し自覚した方が良いと思う。


「はぁ…午後一発目は体育か」

よりによって、あまり好きではない教科だ。私の独り言と大きな溜息が澄んだ青空へ消えていく頃、昼休みの終わりを告げる予鈴が鳴った。







「ほな、適当に二人組作ってやー。ストレッチは念入りにするんやで」

運動自体は苦手な方ではないけれど、体育の授業は毎回憂鬱だ。その理由が今、桐生院先生が言ったコレだ。きっと、共感してくれる人も多いのではないかと思う。

体育は基本2クラス合同の男女別だ。同じクラスはもちろんのこと、隣の2組に友達なんていない。進んで私とペアを組もうとする人なんて、悲しいけれどいるはずが無いのだ。悲しいけれど。


「(ま、いっか)」

どうせいつもの事だし、ある意味慣れっ子なのだ。余った人が居れば組めば良いし、もしあぶれたら七海さんと渋谷さんのところに入れてもらおう。




「──白石さん!」


きょろきょろと辺りを見渡していると、後ろから聞き覚えのあるような無いような、可愛らしい声が聞こえた。
後ろを振り返ると、ジャージを着た女の子が後ろで手を組んでいる。小柄で可愛らしいその彼女は、首をこてんと傾げた。


「あ、えっと…宮本さん…?」

同じクラスの女の子だから、当然名前も顔も分かった。そう名前を呼ぶと、彼女は嬉しそうに目を細めた。それが意外で驚いてしまう。だって、彼女とはこれまでろくな接点はなかったはず。そんなに嬉しそうな顔をするなんて、何故だろうと不思議に思った。


「私のこと、知ってくれてるんだ!嬉しいなぁ」
「あ、うん…同じクラスだし…」
「ふふ、ねぇ!準備体操のペア、組んでもらって良いかな?」
「う、え?」

これまた驚きだ。まさか私なんかに声をかけてくれる人がいるとは思いもしなかった。驚きあまり口をぽかんと開けていると、宮本さんは口に手を当ててこれまた可愛らしく笑った。


「私ね、ずっと白石さんとお話してみたいと思ってたんだ」
「そ、そうなの?」
「うん!だからペア組もう?」
「も、もちろん!私で良ければ!」


そこから二人で交互に背中を押し合いながら、色々な話をした。宮本さんの部活の話、家族の話…色々と聞かせてくれた。一緒に準備運動をした流れでずっと隣で授業も受けて…あっという間に時間が過ぎてゆく。

「(なんだか、懐かしい…この感じ)」

特に今年に入ってからは一人で過ごすことがほとんどだったから…誰かと一緒にこうして肩を並べて授業を受けているだなんて、不思議な感覚だ。でも、

「(やっぱり、嬉しいな)」

一人でいる時間も好きだけれど、誰かが横にいると安心するのが本音だ。クラスで浮きがちな私に話しかけてくれた宮本さんには、感謝の気持ちでいっぱいになった。だって、こうして誰かといる楽しい時間を思い出させてくれる。


「白石さんと私って、気が合いそう。話しててすごく楽しい!」
「そ、そうかな?そう言ってもらえると私も嬉しいよ」
「ふふっ。ね、せっかくだから今日放課後遊びに行かない?お気に入りのカフェがあるの」

体育の授業からの帰り道、当たり前のように隣に歩いてくれる彼女の提案にまた驚く。体育の授業だけじゃなくて、まさか放課後も誘ってくれるなんて思ってもみなかったから。

「う、うん!行きたい!誘ってくれてありがとう!」

立ち止まってしまいそうな足を踏ん張って、なるべく平然を装いながらそう答えた。女の子と二人で放課後に遊びに行くなんて…あまりに久々だから本当はちょっと迷った。だけどこんなにニコニコとした笑顔で誘ってくれた宮本さんの厚意を無駄にはしたくない。それに今日はちょうど生徒会の活動もない日だし、私にとっては好都合なのだ。


「良かったぁ。金曜日は生徒会無い日だもんね」
「あれ?生徒会の活動日…どうして宮本さんが知ってるの?」
「……さっき白石さんがそう教えてくれたんだよ!やだなぁ、忘れちゃった?」
「そ、そっか」
「ねぇねぇそんなことよりさ!白石さんって呼ぶの堅苦しいなぁって思ってて…紬ちゃんって呼んでも良いかな?」

会話にほんの少しだけ違和感を覚えたけど、さほど気にすることはなく……いつもは一人で歩くはずの教室までの廊下を、二人で笑い合いながら渡った。
紬ちゃんと私を呼ぶその高くて可愛らしい声は、なんだかとっても擽ったくて、だけど嫌じゃなくて。


「私のことも、花って呼んで!」

これ私とが彼女──宮本花ちゃんとの出会いだった。



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