「……!!これ…」 「えっとその…うん、七海さんが探していた本で合ってる…かな?」 それは週明けの月曜日のこと。両手でそれを受け取った七海さんは、ページを捲って中身を確認した後、本をぎゅっと胸に抱き締めた。 「間違いありません…!ありがとうございます、ありがとうございますっ」 「そ、そんな頭下げないで!大したことしてないから」 「でもっ…」 あれから私は皆の手伝いもあり、無事に本を見つけることができた。見つけた時は、静かにしなければいけないはずの図書室で思わず飛び跳ねて喜んでしまった。でもそれくらい、嬉しかった。 見つけたその本は、七海さんと同じクラスである私と聖川君に託された。更に「お前が見つけたのだから」と聖川君に促され、私が直接渡す運びとなった訳だ。 目の前の七海さんは感激してるのか目に涙まで溜めていて…そんな様子にどうしたら良いか分からず私がわたわたしていると「すみません」と言い、七海さんは涙を拭った。 「ずっと読みたかったんです、本当に…もう二度と読めないまま、卒業すると思っててっ…」 「七海さん…」 「だからとても嬉しいんです。ありがとうございます、白石さん」 「……」 「良かったな、白石」 「聖川君…見てたの?」 何度も頭を下げる七海さんを止めようとしていると、タイミング良く放課後を知らせるチャイムが鳴った。あまりの喜びようにかける言葉が見つからず、「生徒会があるから」と逃げるように自分の席へと戻った。こういう所が、コミュニケーション能力がないなぁと自分で思う…うん、反省だ。 「…うん。本当にありがとう、協力してくれて」 「礼には及ばん。よく頑張ったな」 「…止めて、褒められるの慣れてないから泣きそうになる」 「はは、何だそれは」 冗談だと捉えられたのか、聖川君はそう言って笑った。だけど本当はちょっとだけ、ちょっとだけ泣きそうになっていた。 だって、 「(嬉しいよ、やっぱり)」 誰かにお礼を言われるのなんて、いつぶりだろう。七海さんにありがとうと言われて、自分の努力を認めてもらえた気がして。 あんなに嫌だった生徒会なのに…もしかしてすでに、やり甲斐を感じちゃってる? …うん、そうかもしれない。 「では生徒会室へ行こうか」 「あ…ごめん、私ちょっと寄りたい所あるから先に行っててもらって良い?」 「分かった、また後でな」 聖川君に手を振って、私は鞄を肩にかけた。 せっかくだから保健室に寄って今日の事を藍ちゃんに報告しよう。良いことがあったよって、私頑張れてるよって。藍ちゃん、話聞いてくれるかな?喜んでくれるかな。 「ねぇ白石さん」 うきうき気分で教室を出ようとする私を引き止める声に、後ろを振り返る。そこに居たのはクラスメイトの女の子が三人。もちろん同じクラスだから名前は知ってるけど、ほとんど話したことはない。何だろう? 上機嫌だった私は特に警戒する事もなく、呼びかけられた彼女達の方へ身体を向けた。首を傾げて「何?」と答えると、ずいっと近付いてくるから思わずぎょっとした。 「白石さんってさ、誰が本命なの!?」 「…え?」 「同じクラスの聖川君!?それとも、やっぱり会長の一ノ瀬君?」 脈絡もない突然の話題に呆気に取られる。ぽかんとする私をよそに、彼女達は興味津々と言わんばかりに目を輝かせている。 「えっと、どういう…」 「土曜日さー、私達見ちゃったんだよね!白石さんが生徒会のメンバーと一緒に歩いてるの」 「皆私服だったし休日だし、遊びに行ってたんでしょー?あー羨ましい!!」 きゃっきゃっと騒ぐ彼女達はとても楽しそうに私の返答を待っている。 「(やば、見られてたか…)」 恐らく彼女達が目撃したのは、図書室帰りの私達だろう。学校を出て駅へ向かう道中、確かに全員で一緒だった。服装は私服だし、客観的に見たら遊んでいたと思われても仕方ない。色恋沙汰な話を期待しているんだろうけど、残念ながらそれに答えられる話題はない。私は慌てて両手を横に振った。 「ち、違うよ!あの日は生徒会の仕事でたまたま…。本命とか、そういうの無いから!」 「……え?」 「だって、それ目的で生徒会に入ったんでしょ?」 急に冷たくなった彼女達の声に、息がひゅっと詰まった。ドキドキと、心臓が嫌な音を立てる。 …あー、面倒なことになったなと。頭の中では冷静になりながらも、 「違うよ、私はただ一ノ瀬君に頼まれて…でも今は、やって良かったかもって、少しは思ってるけど…」 どうしようもなく、ここから逃げ出したくなった。 「…ご、ごめん!生徒会の活動あるから、そろそろ行くね」 「あー…うん」 必死で笑顔を作ってそう言うと、彼女達は渋々私を解放してくれた。なるべく顔を見ないように、俯いて背を向け、ドアの方へと急ぐ。けど、 「…何あれ」 背中から聞こえる声に、また立ち止まざるを得なかった。 「どう考えても男目的じゃんねー、良い子ぶっちゃってさ」 「生徒会入ってから絶対調子乗ってるって」 「ちょっとぉ、聞こえるよ」 「この男好き」 わざと、聞こえるように言ってるようだった。悪意のある言い方と冷たい声に、浮き足立っていた心が沈んで、目の前が真っ暗闇に染まる。肩にかけた鞄の紐をぎゅっと握りしめて…私は逃げるように教室を飛び出した。 ──── 「…で?」 「……」 「…はぁ。最近ここに来なかったし、安心してたんだけど。何があったの、紬」 教室を出て廊下を全速力で走り、私は保健室に飛び込んだ。最近…七海さんの本の一件があって滅多に来ることはなかったから、ひどく懐かしく感じる。そよそよと靡く白のカーテン、薬品の匂い。それがやけに胸に沁みた。 テーブルに突っ伏して何も言わないでいると、藍ちゃんの溜息が聞こえた。胸の痛みを抑えながら、私はその姿勢のまま口だけ開いた。 「男好きって言われた」 「…誰に?」 「クラスの女の子」 耳に届いたパタン、という音は藍ちゃんがパソコンを閉じた音だろう。両腕に埋めていた顔をひょこっと出して、目だけ覗かせた。大丈夫、まだ涙は出ていない。 「私なりに…さ、頑張っていたつもりだったんだけど。周りからは、結局そう見えちゃうんだよね」 「紬…」 「そんな文句言うなら、あなた達がやれば良いのにって思った。私だって、やりたくてやってる訳じゃない。頼まれて…嫌々やってるだけなのに」 「それは違うんじゃない」 「え?」 諭すような、けど優しい声で藍ちゃんはそう言った。身体を起こして姿勢を正す。保健室の蛍光灯が眩しい。 「もう嫌々やってる訳じゃないでしょ、紬は。だって、こんなに一生懸命なのに。自分の努力を自分で否定したらダメだよ」 「藍ちゃん…」 「努力なんて他人の目からは中々見えないよ。それでも認めてもらうためには、努力し続けるしかない」 藍ちゃんの言葉一つ一つが、私の心を溶かしていく。 …そうだ、もう嫌々やらされてるんじゃない。七海さんの件だって、自分からちゃんとやりたいって言ったじゃない。誰かに言われたからじゃない、もちろん色恋沙汰が目的なんじゃない。 私が生徒会にいるのは、私の意思なんだから。 「私、頑張れるかな」 ぽつりと呟くと、藍ちゃんはいつの間にか立ち上がっていて。私の隣に立って、ぽんと背中を叩いた。 「努力を続ければ周りは絶対認めてくれるから。とあえず来月の体育祭、頑張りなよ」 「…うん」 藍ちゃんのおかげで、もう少しだけ頑張ろうって思えた。けどそれと同時にやはりクラスメイトの言葉が重くのしかかるのも事実で…他人の目ばかり気にしてしまう自分の性格が、心の底から嫌になった。 |