5月-4

「日向先生、失礼します」
「…おー、一ノ瀬。こんな遅い時間まで残ってんのか」

今日、金曜日は生徒会の活動日ではなかった。しかし体育祭の準備やその他の雑務が重なり、個人的な仕事が溜まっていた私は、今日も放課後遅くまで生徒会室に籠った。ここ数日は、ずっとそうしていた。

時間を費やしたがおかげで仕事は一段落した。来週からは特別残らなくても、時間内で捌けるだろう。しかしながら、気がかりなことが一つ。


「明日なのですが、図書室を使わせて頂けないでしょうか」
「明日は土曜だが…生徒会の仕事か?」
「…えぇ。まぁ、そんなところです」

目安箱に投函された、一つの依頼。それを任せきりにしてしまった彼女、白石さんの事だ。
今のところ何も報告がない辺り、苦戦を強いられているのだろう。せめて、何か手助けが出来ればと。明日少しでも心当たりの場所を探そうと思ったのだ。
…しかし、

「んー…構わねぇが、全く同じことをさっき白石に言われてな」
「…白石さんが?」
「鍵は明日の朝イチで白石に預けることになってんだ。だから一ノ瀬がもし使うなら直接あいつと相談してくれ」

無茶はするなよ、と日向先生に念を押され私は礼をして職員室を後にする。生徒会室へ戻るため、上階へ向かう階段を昇っていると、いつの間にかオケ部の練習の音が止んでいる事に気が付いた。もう、そんな時間になっていたとは…いや、それよりも。


「(まさか、土曜日にまで探そうとしているとは…)」

白石さんがそこまで七海さんの投函に拘る理由が何かあるのだろうか。…いや、途中で投げ出したくないのだろう。少しの時間しか見てはいないが、恐らく彼女はそういう性格だ。

と、分析しながらも「少しは頼ってくれても良いのに」という思いはあった。一人で休日にこっそり学校に来るなど、なんて水臭い。


生徒会室の前に到着し、音を立てて戸を開けた。机の上だけ片付けて帰らなければ…と自席へ向かうと、先程までには無かったある物が、視界に入った。

…コーヒーだ。そしてその紙カップには、桃色の付箋が貼ってあり──



【お疲れ様。何か力になれることがあれば言ってください】


「白石さん?」
名前は書いてないが、字体ですぐに分かった。慌てて生徒会室を出て、薄暗くなった廊下を見渡す。しかしながら、白石さんの姿はどこにも見当たらなかった。入れ違いになってしまったようだ。

探すのは諦めもう一度席へ戻り、湯気が立つ紙カップを持ち上げた。まだ、温かい。

そしてまだ糊が乾いていない状態の付箋を手に取る。…そのメッセージを、もう一度読み返して。


「そっくりそのまま、お返ししますよ」







───

そして翌日、私は予定通り土曜日の学校にやって来た。グラウンドでは運動部が休日の練習に勤しむ姿が見えた。校舎の中からはオケ部の合奏の音が聞こえる。土曜日だというのに、賑やかだ。

向かう場所はもう決まっている。その前に一度職員室に寄ったが、日向先生の予告通り図書室の鍵は貸出中になっていた。彼女はまだ、図書室内に居るはず。
本当はもう少し早く来る予定だったが、少々家事手伝いをしていたせいで、出るのが午後になってしまった。


いつもは生徒が行き交う廊下を渡り、図書室へ辿り着くとそこは確かに明かりが点いていた。


「失礼致します」

唱えたところで聞こえているかどうかは分からなかったが、一応断りを入れドアを開けた。中は静かだ。


いつもは図書委員が座る入口のカウンターには誰も居ない。少し歩みを進めると、中央の大机に目一杯広がる本が見えた。そして──


「白石さん?」

本に囲まれ、机に伏せて眠るひとつの人影。なるべく音を立てないよう近付くと、それはやはり白石さんだった。


「あの、白石さん」
「…ん」

肩をそっと揺らし、もう一度呼び掛けてみるが反応は無い。すっかり寝入ってしまっているようだ。広げられた大量の本と彼女の様子を見るに、まだ見つかっていないのだろう。


…参りました。お目当ての物を探すには、彼女を起こして、まだ探していない場所を先に聞くのが効率的だ。しかし、こんなによく眠っているのに起こすのはさすがの私でも気が引けた。

加えて…目の前の白石さんがやたら薄着なのも気になった。当然休日のため私服なのだが…空調が要らない季節とはいえこのまま風邪を引かれたらバツが悪い。

…それにしても、一体何時からここに居るのでしょうか。いつもよりいくらか幼く見える、その寝顔をじっと見つめる。



「何故あなたは、そこまで一生懸命なのですか」

少し考えた結果起こすの止めて、自分の着ていたジャケットを脱ぎ、白石さんの肩に掛けた。少しでも寒さ凌ぎになれば、と。
彼女を起こさぬよう細心の注意を払い、向かいの席に鞄だけ置いて、私は所狭しと蔵書が並ぶ本棚へと向かった。






───


「……ん」

いつの間にかウトウトしてしまっていた事に気付き、バッと勢い良く顔を上げた。窓の外を見ると、空は夕暮れが顔を覗かせている。…あーっ、もう、私ってば何してるんだろう…!

スマホをの画面を点け時刻を確認して頭を抱えた。せっかく休日にわざわざ学校に来たというのに、寝てたら意味無いじゃん。
朝一番で来れたとはいえ、まだ全部探しきった訳ではない。早く続きを…と立ち上がろうとすると、肩からはらりと何かが落ちる感覚。慌ててそれを掴む。

それは見覚えのない、黒のレザーのジャケットだった。もちろん、私の物じゃない。そもそも私は今日上着を持ってくることすら忘れている。


「…おい神宮寺!そちらはもう探したと言っただろう」
「え?そうだった?」
「せ、先輩方喧嘩しないで下さい」

すると遠くから声が聞こえた。今日、図書室にいるのは私だけのはずなのに…しかもその声はどれも聞き覚えがある。


手に取ったジャケットは皺にならないように椅子に掛けて、慌てて声の聞こえる方へ向かう。図書室は走ってはいけないから、極力早歩きで進むのを忘れずに。



「…え?ど、どうして…!」
「…白石さん、起きましたか」

なんとそこには、私を除く生徒会のメンバーが勢揃いしていて。驚いて瞬きを繰り返していると、一ノ瀬君が一番に私に気が付いた。

理解が追いつかない。だって今日は土曜日で、私は勝手にここに来ただけで…


「まだ探しているのだろう?例の本」
「う、うん…けど」

皇君の問いにひとまず首を縦に振る。皆の様子からするに、きっとその本を探してくれている最中だと分かった。


「俺達も手伝いに来ました!」
「水臭いよレディ、休日に一人でこっそり探しているだなんて」
「人手は多い方が良いからな。…あ、白石がどこまで探したか確認しても良いか?」

口々に言う皆に戸惑いながら、私は咄嗟に一ノ瀬君の顔を見た。一ノ瀬君が私が苦労しているのを見兼ねて、皆に声を掛けたんじゃないかと思ったからだ。
目が合った一ノ瀬君は私の言いたい事が分かったようで…すぐに首を横に振って微笑んだ。


「私は何もしていませんよ。全員、自主的にここに集まったんです」
「ビックリしたよ、来たら皆揃っているんだもの」

一番に驚いているのは私だ。まさか…私が勝手にしている事なのに、こんな風に皆が集まってくれるなんて。
…力に、なってくれるなんて。


「白石さん?」
「あの、ごめんなさい。自分一人でやるって言ったのに…結局皆を頼っちゃって」

情けなかった。任された仕事だから責任を持って、最後までやり遂げたかった。こんな私が…忙しい皆の時間を使ってしまうなんて、申し訳がなくて。


「そういう時はごめんねじゃなくて、ありがとうが聞きたいな」
「神宮寺君…」
「私達は全員で生徒会なんです。一人で抱え込まないで。何かあれば言って下さいと伝えたでしょう?」
「…一ノ瀬君」


一ノ瀬君の言葉の優しさが心に沁みる。俯く私を取り囲むように皆がそれぞれ、肩を叩いてくれた。

…すごい、ここの人達は…皆、温かい──。


「…ありがとう」

ほんの少しだけ、泣きそうになりながら。
私は顔を上げて、皆にそう伝える。心からの、ありがとうだった。

顔を見合わせて笑った彼らは、「じゃあ、再開しましょう」という一ノ瀬君の合図で、また本を探し始めた。休日の夕暮れの図書室に…高さがバラバラな6つの影が並んだ。


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