「体育祭の準備で忙しい中ではありますか、通常業務を怠る訳にはいきません」 「は、はぁ」 そう言った一ノ瀬君が机の上にドン、と白い大きな箱を置いた。それを取り囲んでじっと見下ろす私達生徒会のメンバー。 「目安箱?」 それがどうやら、今日の活動の内容らしい。 「目安箱か…4月は立て込んでいたから確認する余裕がなかったな」 「あのー…目安箱って?」 「前会長が始めたものだ。生徒が学校生活における要望や意見を、自由に投函出来るようになっている」 顎に手を当てていた聖川君に尋ねると、そう教えてくれた。下駄箱に設置してあるらしいけど、今まで全く気にしたことなかったな、存在すら知らなかった。 一ノ瀬君が箱をひっくり返すと、びっくりするくらいたくさんの用紙が投函されていた。 それを一つ一つ広げて、中身を確認していく。 用紙は記名欄は設けてあるけど、無記名でも投函出来るようになっているみたい。それよりも私が気になるのは──その内容だ。 だって、だって…! 「えーと、なになに…【会長の彼女に立候補したいです】」 「……」 「こっちは【神宮寺先輩の好きな女の子のタイプを教えて!】」 「おや、光栄だね」 他にも 【一ノ瀬くんと一日デートがしたい】 とか 【聖川先輩にお弁当を作ったのですが、どうすれば良いですか?】 とか… 「……」 ……んなの知らねーよ!!!! 「目安箱はファンレターボックスじゃないっての!!!」 無意識に両手に力が入り、手元にあった用紙をグシャッと握り締めた。呆れた!学校を良くする為のものが、こんな風に使われているだなんて!去年の会長が知ったら悲しむよ! 「まぁまぁ、落ち着いてレディ」 「しかし…困ったものですね、叶えられそうなものが全然ない…」 一つ一つまじまじと中身を確認する瑛二君がぽつりと呟く。本当に瑛二君の言う通りだ。ファンレターと思わしき投函を除いても、実現不能な要望ばかり。「授業の日数を減らして」とか、「校内にスタバが欲しい」とか…いち生徒の私達でどうにかなるものではなさそうだ。 「引き続き設置して、様子を見るしかなさそうですね。今すぐ取り組めそうな事案は見当たりませんから」 「こんな状態が続くのならば…目安箱を設置する意味があるのかすら、危うい」 「…それも含め、検討して行きましょう。前会長の思いを考えるとすぐ撤去はし難い。…白石さん、どうしました?」 「あ…うん」 皇君と会話を交わしながら眉間を抑えていた一ノ瀬君が、突如私の様子が変わったことに気が付いた。 いくつもの紙を開いて中身を見ている中…私の目にひとつの投函が目に止まった。それをじっと見つめ考え込んでいた私の様子を、一ノ瀬君は不思議に思ったみたい。 前から思っていたけれど…本当に、良く気が付く人だ。 「ちょっと…気になる投函があって」 「んー?どれどれ」 私の隣に立っていた神宮寺君がぐっと顔を近付けてくるものだから…その近さに思わずぎょっとする。「どうしたの?」と平然とする神宮寺君には未だに慣れない。 それに倣ってなのか全員で私の持つ一枚の紙を覗き込んでくるのはちょっと勘弁して欲しい…! そして、その紙に記入されている内容を私は皆に聞こえるように読み上げる。 【学校の図書室で読んだことのある、大好きな本を探しています。ずっと探していますが、タイトルが思い出せず未だに見つかりません。ピアニストの女の子と王子様が恋をする小説です。どうか、探すのを手伝って頂けないでしょうか。卒業までにどうしてももう一度読みたいんです】 「本…ですか。それにかなり個人的な依頼ですね」 「レディ、その投函…記名はある?」 「えっと…あ、書いてある」 【どうかよろしくお願いします。3年1組 七海春歌】 「1組…レディと聖川と同じクラスだね」 「七海か…。音楽のことで何度か話したことはあるが、確かピアノを昔習っていたとか」 「す、すごいね聖川君。私、多分名前も知られてないと思う」 七海春歌さん…確かに同じクラスではあるけど一度も話したことはない。とっても可愛らしくて華奢で、そう…大人しそうなタイプの女の子だ。きっと、いや絶対悪い子ではない…そんな印象を抱いている。 その七海さんが、こんな投函をわざわざ?あんなに大人しそうで控えめに見える子なのに、目安箱に依頼するなんてよっぽど勇気が必要だっただろう。きっとそれ程までに、 「(本、見つけたいんだろうな)」 何故か、七海さんが意を決して目安箱に用紙を投函する場面が目に浮かんだ。 「叶えて差し上げたいのは山々ですが、難しいですね」 「一個人の願いを聞いていたら、切りがないからな」 「可哀想だけどこれは一旦保留かな。…レディ?」 「…あの」 皆の声を遠くに聞きながら、私はずっとその用紙から目が離せずにいた。丁寧だけど、力が込もった字…その七海さんの想いが、何故だか私を強く突き動かしているようだった。 「この件、私が預かっても良いかな?」 小さく手を挙げると、全員の視線が私に向いた。 はじめ、自分で口走った言葉が信じられなかった。だって私は無理矢理生徒会に入れられて、学校のことなんてどうでも良いはずで。 「うちの図書室広いですよ…?本だって数千冊は…」 「その中から見つけるなど、不可能に近い」 「分かってる。分かってるんだけど…」 瑛二君や皇君の言葉が正しいと思う。だけど、どうしてもこのまま見過ごすのは嫌だと思った。「やりたい」と思った。その自分の気持ちに嘘は付けなくて、こんな気持ち…久しぶりだから。 「分かりました」 「…!一ノ瀬く、」 「この件は白石さんにお任せします。困ったことがあればすぐ頼って下さい。よろしくお願いします」 私の気持ちを汲んでくれた一ノ瀬君は、そう言って私に笑いかけてくれた。それを見て他の皆も、口々に励ましの言葉をくれる。それに、ひとまず安堵した。それに…自分のやりたいことを認めてもらえた、その事実にすごく嬉しくなったんだ。 そしてその翌日から、 「…よし!始めようかな」 そのたった一冊の本を探す、私の戦いが始まった。 |