5月-1

「以上がオレが提案する、体育祭の予算案だよ。何か意見ある人いるかな?」
「ちょ、ちょーっと良いですか?」

それは5月に入ったある日のこと。
生徒会の活動にも(不本意ながら)少しずつ慣れてきた私は、神宮寺君から渡された資料を見ながら小さく手を挙げた。

「レディ、どうぞ」
「意見あります、色々あります。ていうかツッコミどころ多すぎるんだけど…!」


早乙女高校の一大イベント、体育祭。
それは6月上旬に毎年恒例で行われていて、今年も例外はない。その準備に私達生徒会も少しずつ取り組んでいるところなんだけど…

「そうか?俺はあまり悪い所はないと思うが」
「俺も、同感だ」
「うーんと…ごめん、せっかく神宮寺君が考えてくれたのに申し訳ないんだけど…」
「良いですよ白石さん、どうぞ意見を」

上から聖川君、皇君。そして私に発言を促してくれたのは一ノ瀬君だ。この空気から察するにこの提案に異議があるのは私だけなのか?そうなのか?
分からない、分からないけど…私が指摘しないといけない、いけない気がする。うん、きっとそう。深呼吸をしてから意を決して、私はガタンと椅子を引き立ち上がった。


「全部が全部、お金をかけ過ぎだよ!!」
「え?」
「写真撮影とビデオ撮影は一流プロカメラマン、ゲストMCで人気芸人にオファー、各クラスTシャツやハチマキ等の備品も取り寄せの高級品…そして何より!」
「すごい熱の入りようだな…」
「こんな先輩、初めて見ました」

つい熱弁する私は、資料を机に置いて、両手でダンっと机を叩いた。



「叙々苑焼肉弁当(特上)、全生徒と教員分!!お弁当代だけでこの金額だよ!?」

そうなのだ。
私は神宮寺君の資料を見て絶句した。どう考えても数字が大きい、ゼロが一桁多い。少なくとも去年の資料と比較しても軽く5倍は行ってる。このまま私が止めなければ、もっと言えば私が副会長にならなければこのまま強行された可能性があるかと思うと、末恐ろしい…!

「とにかく!もう少し削らないと!このまま認める訳にはいきません!」
「えー、そうかな」
「そ う で す」
「今日のレディは迫力があるね、積極的な女の子は嫌いじゃないよ」
「ねぇ喧嘩売ってるの神宮寺君」
「せ、先輩!ひとまず一旦落ち着きましょう!」

飄々とする神宮寺君は、本当にこの金額に違和感がないよう。くそ!これがお金持ちの余裕か!


「予算が足りないのならばスポンサーを募るのはどうだろう。聖川財閥の資本が入れば…」
「あぁ、そうだね。神宮寺財閥も喜んで協力するよ、早速連絡を…」
「財閥とかそういうの大丈夫ですからっ!」

どうして生徒会とは無縁であるはずの財閥なんて単語が出てくるの!?もう本当に怖い、お金持ち超怖い…!
隣に座っていた瑛二君が必死になだめてくれたおかげで少しだけ冷静になれた私は、ふぅっと息を吐いてゆっくりと着席した。

「限られた予算の中で行事を行うのが、学生生活においては必要なんじゃないかな。スポンサーとか寄付とか、そういう話は置いておいて」
「ふむ…」
「それに皆がみんな、神宮寺君や聖川君のお家みたいに裕福な訳じゃないの。私みたいに父が一般のサラリーマンの家庭はたくさんあるし、奨学金を貰いながら通っている子もいる」


私の話に、生徒会の皆は真剣な眼差しで聞いてくれる。いつもなら授業の発言ですら緊張しちゃう私だけど、不思議とこの場なら堂々と話すことが出来た。きっとそれは、ここの皆が心から私の話を聞いてくれているからかもしれない。


「私立とはいえ、予算には限界があるの。昨年と同じくらいにとは言わない、だけど出来る所は削れないか考えてみようよ」

シンとした空気がさすがに気まずくなり、私は俯いてシャーペンを握った。さすがに、生意気すぎたかな。
私はこの中では一番の新参者だし…会長の一ノ瀬君や会計の神宮寺君を差し置いて偉そうなことを言う資格なんて──「紬ちゃん」

「うげっ!?」

突如下の名前を呼ばれ、驚愕して変な声が出た。高校で私のことを紬と呼ぶ人はほとんどいないから、慣れていないのである。私を呼んだのは、ホワイトボードの前に立つ神宮寺君だった。


「貴重な意見をありがとう。オレには思いつかなかった視点だな…少し恥ずかしいよ」
「そ、そんなことないよ!それ以外は本当に完璧で見やすい資料だし…!」
「私も白石さんの意見は素晴らしいと思います。少し修正をしましょう」

結果、生徒会のメンバー全員が私と意見に賛同してくれた。議題が良い方向に向き、私もほっと安堵する。
自分の意見を、まっすぐに受け止められるのって…こんなに嬉しいんだ。知らなかったな。

そうと決まれば、と予算を削れそうな部分を意見を挙げながら考えていく事になった。真っ白だったホワイトボードが黒い文字で埋まっていく。それと同時に時計の針もゆっくりと進んでいって…時間を忘れて私達は随分と長い時間話し合っていた。



「じゃあとりあえず、お弁当は寿先生の実家にお願いして──」
「えーっ!俺、叙々苑の焼肉弁当の方が良いなぁ」
「……ん?」


順調に話し合いも進み…と思っていたところで、突然聞き慣れない声が間に入った。声のする方向をゆっくり確認すると…明らかに生徒会のメンバーではない男の子が当たり前のように座っていて──


「…っ!一十木君!?びっくりした…!」
「やっほー」

爽やかに片手を挙げてニカッと笑ったのは、私と同じクラスでもある一十木音也君だった。驚いて椅子から飛び上がった私とは対照的に、非常に落ち着いた様子の一ノ瀬君は小さく溜息吐く。


「またあなたですか」
「い、一十木君…な、んで…!ていうかいつの間に!?」
「割とさっきかなー。全然気付いてくれないんだもん、白石もトキヤも」
「ここ生徒会だけど!どうして当たり前のようにここに居るの!」
「俺、体育祭実行委員だもーん」

椅子の背もたれに寄りかかって言う一十木君の言葉からすると、一応部外者ではないみたい、呼んではないけど…。目の前の一ノ瀬君に目配せしてどうしようか、と窺ってみると、一ノ瀬君は一十木君の方をちらりと見て「邪魔はしないで下さいね」と一言放った。


「すみません白石さん。こうしてよく生徒会室に入り浸っているんです。今は居ないものと思ってください。話し合いを続けましょう」
「わーんっ!トキヤ酷いよ!マサ〜」
「よしよし」

そう叫んで泣き真似をした一十木君は、ホワイトボードの横に立っていた聖川君に抱き着いている。何なんだこの状況は…呆気に取られつつも、私以外誰も気にしていないあたりこれは生徒会にとって日常茶飯事なのだろう。

一十木音也君…クラスメイトだけど、ちゃんと話したことはあまりない。よく、元気よく挨拶してくれるのを返す程度。

「あっ!そうそう白石ー!」

決して悪い人ではない、むしろめちゃくちゃ良い人だと思うんだけど…私は彼がほんの少し苦手だ。

元気で明るくて…人当たりが良く、陽キャ全開のクラスの人気者。いかんせん、私には眩しすぎる。

「木曜日の放課後、クラス代表リレーの練習やるって!生徒会の活動あるだろうけど、ちゃんとこっち来てね!」
「ちょ…!それ今ここで言わなくても!」
「え…レディ、リレーの選手なの?」

きょとんとする生徒会のメンバーの視線に耐えられず、視線を横に逸らした。ただでさえ走るの嫌なのに…!


「意外ですね」
「意外だねぇ」
「……」
「先輩足速かったんですね!意外ですけど!」
「ほらもう!絶対そう言われると思ったから知られたくなかったの!」

そもそも私も迂闊だったの、と言葉を続けた。体育祭の代表リレーだなんて、走りたい人が走れば良いと思っていた。まさか50m走のタイムであっさり決められるとは思わなかったんだもん!2年生まではどうにか避けられたのに…最後の年で、こんな目玉競技に駆り出されることになるとは…。


「あぁ…絶対目立つよ…代表リレーなんて…」
「そう言わずに頑張ってくれ、応援してるぞ白石」
「そうだよー!一緒に頑張ろうよ!」

明るく励ましてくれる二人のクラスメイトが、やたら眩しく見えた。純粋に応援してくれるその気持ちがかえって心苦しいよ…もちろんちゃんと走るつもりではいるけどさ…。


「憂鬱だよ…体育祭なんて…あんなの陽キャのためのイベントじゃんかぁ…」
「くだらないこと言ってないで、続けますよ白石さん」

机に伏せて零れた私の愚痴を一ノ瀬君が一蹴した。冷たいなぁ…と悲しくなりながらも今の私にはやることがいっぱいだ。

一ノ瀬君や皆の会話に耳を傾けながらも、体育祭までの残り一ヶ月、そして当日をどう無難に過ごそうかだけを、私は必死に考えていた。




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