お泊まり!
「ん〜…」
いつもは中々起きられないのに、今日はなんだか自然に目が覚めた。外は朝日が昇っていて、もうすっかり明るい。ちょっとだけ気だるい身体を起こして、大きく身体を伸ばした。
「やば、パンイチだ俺」
布団の横に脱ぎ捨てた浴衣を見て、昨夜の出来事を思い出す。そっかー…あのまま寝落ちしちゃったのか。
横を見るとまるで起きる気配もなく、深く眠りにつく旅子の姿。身体を俺の方に向けて、すやすやと寝息を立てている。髪と浴衣は乱れていて、口は半開き。昨日あんなに色っぽい女の顔を見せてくれたのに、こんな子どもみたいに寝ちゃってさ。
「…可愛いなぁ、もう」
頬杖をついてその寝顔を堪能する。幸せだなぁ、なんて思いながら。
まぁ…ちょっと強引だったのは認める。でも結果的に旅子を俺のモノに出来たことには心から満足している。
俺の気持ちを知っていた友人2人にも、こっそり協力してもらった。言うなれば計画通り、ってわけ。
旅子が知ったら、怒りそうだけどね。
そんな旅子にちょっとイタズラしようと思って鼻をキュって摘んでみたら、「うー」って小さく声を出して身じろいだ。そんな姿ですら、こんなにも愛おしい。
「ん?」
すると突然、枕元に置いていたスマホが点灯した。手を伸ばしてそれを手に取り確認すると友人からメッセージが届いている。
『朝食、7時半からだけどどうする?』
画面左上の時刻を見るとちょうど7時。準備する時間を考えればそろそろ旅子も起こした方が良さそうだ。
んー、どうしよっかな。
行くか行かないか選択肢を与えてくれているあたり、友人もこの状況を予測してるんだろう。本当は朝食を抜いてこのままもう少し寝ていたい。けど、
せっかくの旅行だからなぁ。
旅子、旅館の朝ご飯楽しみにしていたし。
『行く』と返事をしたらすぐに既読になった。直接、朝食会場で待ち合わせをする事を確認してからスマホを元の位置に戻す。んじゃ、そろそろ起こさないとね。
俺は旅子の肩に触れようとして──その手を一旦引いた。
…旅子を起こしたら、この幸せな時間が終わってしまうのが、正直惜しい。
でも平気か。きっとこんな時間はこれから幾らでもある。そう信じてる。
「旅子ー」
肩をそっと揺らすと旅子は唸り声を上げながら、ゆっくりと瞼を開いた。寝起きのとろんとした目と視線が合う。その大きな瞳はみるみるうちに大きくなっていくから少し笑えた。
「おはよー」
「おっ、は…おと…」
『おはよう音也』って言いたかったんだろう。口ごもった旅子は咄嗟に枕を口元に押し付けて、俺から視線を逸らす。
「昨夜はありがと」
「う、うん…」
あえて昨日、ではなく昨夜と言って夜の事を強調したら旅子もしっかりと思い出したようで、持っていた枕にぼすんっと顔を埋めた。髪の間から見える耳がちゃんと赤い。
そんな旅子の髪に触れたくて、俺は身を乗り出して旅子の布団まで侵入する。
一度ぎょっとして身を引こうとした旅子だったけど、嫌がる様子はない。
「俺達、恋人ってことで良いよね?」
髪を撫でながらちょっと甘えた声でそう確認すると、旅子は何も言わずコクリと頷いた。
「なんか、恥ずかしい」
「なんだよー、今までだってずっと一緒にいたじゃん」
「そうだけど…!」
「ほら旅子、もうすぐ朝ご飯だよ。支度しよ」
すると朝食はやはり楽しみにしていたのか、ようやく旅子は顔を上げてくれた。相変わらず顔は赤いけど、少し落ち着いたのか、俺とちゃんと目を合わせてくれた。
「さっ、急ご!今日も朝からスケジュールみっちりだからね」
今までの友達の関係とは違う。
特別な関係になれた嬉しさが込み上げてつい笑顔になる。
きっと旅行の続きは、とんでもなく楽しくなることだろう。部屋を出て朝食会場へ向かう途中で旅子の手を握ったら、旅子は少し戸惑いながら握り直してくれて、それがまた嬉しかった。
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